2019年 1月 の投稿一覧

酔って人が変わるように変化するケース

泥酔してやたらにからんだり、人がかわったようならんぼうな口をきく人のことを、俗に「トラになった」といいます。これは、知性の座である大脳新皮質のブレーキがアルコールで麻酔されて、その人が本能の座である旧皮質の欲求・攻撃行動に支配されるままの「野獣」と化した状態になるからで、「トラ」というのはいいえて妙です。

この手の人は、翌朝、都合の悪いことになると「覚えていない」といいはりますが、実際には、とぎれとぎれの記憶のあることが多いのです。
しかし、本人にまったく記憶のない「ブラック・アウト」といわれる状態がひんばんにおこるようになったら、危険信号です。

通りがかりに店の看板をもってきてしまい、あとで謝りにいくうちはご愛敬ですみます。しかし、この時期に人がかわったように狂暴になって、ふだんでは考えれないような傷害や強姦、あるいは殺人事件をひきおこして、精神鑑定にまわされるケースもあるからです。

1950年代後半、泥酔のうえで日ごろ仲の悪かった同僚を殺し、死体を勤務先の化学工場の大きな硫酸槽に投げこんで溶かしてしまった事件があり、その精神鑑定をもちこまれたことがあります。

彼は、こんな手のこんだ隠蔽工作をしながら、事件の記憶がまったくないといいはっていました。鑑定人が「再現実験」が大学病院の一室で行われました。再現実験とは、事件当日とおなじ酒量を飲ませ、精神状態になるのかじっさいに観察することです。

素面の彼は、一流会社のエリートらしくいんぎんな物腰の紳士で、「教授にお酌していただいて、昼間からお酒をいただくなど申しわけありませんね」と恐縮しながら盃を重ねていました。しかし、このようにバカていねいな、つまり過度に礼儀正しい人は、じつは内面の強い攻撃性をかくすために自分を偽っていることが多いのです。
つまり、精神分析でいう「反動形成」を行っているから要注意です。

はたせるかな、4合近く飲んだころから、「ああ、監視つきで飲むなんて、うまくもなんともないや」とチラッと本音がでて、こちらをギクリとさせました。その直後、突然「ウォー」と猛獣のように抱えたかと思うと、あいだにあったテーブルを飛びこえていきなり鑑定人につかみかかりました。

小柄な鑑定人はヒラリと身をかわすと、いちもくさんに部屋から逃げだし、とり残された鑑定助手の悲鳴で数人の教室助手がかけつけ、荒れくるうこの人をやっとのことでとりおさえました。

病的酩酊というのは、このケースのように、ある瞬間からまったく人がかわったよぅな狂暴な状態となるものです。しかもそのあいだの記憶は完全になくなっています。

ドイツの犯罪精神医学者は病的酩酊を飲酒によって誘発されたてんかん性「もうろう状態」だと考えています。

ふつうの単純酩酊(いわゆる酔っぱらい)では、酔って意識水準が低下するのとあわせて、運動神経の麻痺もすすんでいます。
舌はもつれ、千鳥足となり、やがて座りこんで寝てしまいます。しかし、病的酩酊では、意識の混濁はひどいのに、運動麻痔がおこるどころか、かえって敏捷になるケースさえあるのです。だからやっかいです。

もうひとつ例をあげてみましょう。もとトラックの運転手。酒がはいると動作がかえって敏捷になり、まず家族が逃げだせないようにマンションのドアをチェーンでロックします。
つぎに110番へ通報されないよう電話線を切断し、家族の悲鳴が聞こえないようにテレビのボリュームをいっぱいに上げるという準備をととのえます。

それから、恐怖におびえる妻子をすわった目でなめまわし、集めた刃物類をひねくりまわすという、聞くだけで恐ろしいケースがありました。包丁をとり上げようとして、妻が手のひらに大けがをし、外来に抗酒剤をもらいにあらわれたこともあります。

しかし、こんなものすごい事例はそうあるものではありません。一般的な事例では、自宅に帰るつもりが、なんと反対方向の電車に乗ってしまい、さらにバスに乗ってある停留所でおりたそうです。まだ自動販売機のない時代でした。タバコが吸いたくなったのか、彼は閉まっているタバコ店のガラス戸をたたき破り、びっくりしてでてきた店主の首をいきなりしめて警察に保護されたのです。

ハシゴした3軒目からの記憶はまったくありませんでした。まだ当時はこの種の酒の上の武勇伝に警察が寛容な時代でした。
店の主人が「なにもおぼえていないというのだから、許してあげてください。店のほうはガラス代さえ弁償してもらえばいうことはありませんから」と口をそえてくれたので、以後、アルコール外来に通うことを条件にこの事件は始末書ですみました。

しかし、最近は身柄を拘置されて、器物破損、傷害罪で起訴される場合もあるのですから、病的酷酎の傾向のある人は注意しなければなりません。

こういう人はあんがい身近にいるものです。酒癖が悪いと評判の同僚や部下がいたら、まわりの人は彼の酩酊時の武勇伝をよく調査して、宴会ではあまり飲ませないようにしてください。

万一、酩酊してきたら、屈強な若手を2~3人もつけて自宅まで送りとどける配慮が必要でしょう。ともかく、異常酩酊の傾向のある人が、顔面蒼白となり、目がすわり、ふだんとはちがう大声をだしてからみはじめたら、さっそく適切な処置をほどこす必要があります。事件をおこしてからでは、あとの祭りなのです。

二日酔いの原因と二日酔いにならない飲酒方法

二日酔いのいろいろな症状がどうしておこってくるのかについては、アルコールの代謝過程について説明が必要です。胃のなかにはいったアルコールは、30分ぐらいで約3割が胃から吸収され、胃内で乳び状になった残りが小腸から吸収されます。
小腸で吸収され血液中へ移ったアルコールの濃度は、お酒を飲んだあと60分~90分でピークに達します。

血液中のアルコールは、肝臓のアルコール脱水素酵素(ADH)によって分解され、まず、アセトアルデヒドになります。中間代謝産物であるこのアセトアルデヒドは、さらにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によさくさんって分解されて酢酸になり、ついには炭酸ガスと水にまで分解されて尿として排泄されますが、この分解・排泄過程が全部終わるまでにはかなりの時間を要するのです。

アルコールの代謝経路

アセトアルデヒドが血液中にいつまでも残ると二日酔いになります。日本人にはALDHの活性の低い人が多く、悪酔いしやすい人が多いのです。

アルコールの代謝経路

アルコールの代謝経路


上図は、アルコールの代謝系路を示したものです。体内にはいったアルコールは、約80% がこの経路で分解されています。

2つの酵素、とくにアセトアルデヒド脱水素酵素のはたらきが悪いと、血液中にアルコール分や有害なアセトアルデヒドがいつまでも残ることになるので、悪酔いをおこしてきます。
中間代謝物質であるアセトアおしんルデヒドは、それ自体で悪心、嘔吐、呼吸促柏、心悸亢進をおこすなど、アルコールより数倍も強小生体反応をおこす有害物質なのです。
現在、アルコール依存症の方の治療に用いられている、酒の飲めなくなる薬(抗酒剤)は、おもにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)のはたらきをブロックする薬理作用をもっています。

少量の酒ですぐ顔が真っ赤になる人(フラッシングタイプ) は日本国内に47% もいます。このタイプのほとんどいない白人や黒人にくらべてとりわけ多い数字です。
これは、日本人にはALDH の活性の低いD型と、活性の高いN型の遺伝子とがまじりあって存在するからです。

日本人のなかには、N型同士の両親から生まれた酒の強いNN型が約5割、D型とN型の組み合わせの酒の弱いND型が4割いて、残りの1割はまったく酒の飲めないDD型とされています。
このDD型の遺伝子のもち主は、たえず抗酒剤をのまされつづけているようなものです。つまり、中間代謝産物であるアセトアルデヒドをいつまでも分解できないので、すこしのお酒で顔はすぐ真っ赤になり、心臓はどきどきし、頭が痛くなり、気分が悪くなって、ついには吐くことになるのです。

このように中間代謝物質アセトアルデヒドのおこす症状が二日酔いの状態にひじょぅによく似ているので、この物質が二日酔いの原因物質と考えられてきました。
大学教授で医学生に清酒5合を飲ませたあと、血液中のアルコールとアセトアルデヒドの濃度を時間を追って測定する実験を行っています。

日本酒5合を飲んだあとの血液中のアルコールとアセトアルデヒドの濃度の時間による変化

清酒5合とは、健康な成人男子の最大処理能力をすこしこえた量で、いっぱんに1日5合以上の酒量をもつ人を大量飲酒者として分類しています。

さて、この医学生の血液中のアルコール濃度は、上図のようにお酒を飲んで90分でピータに達し、その後しだいに下がっています。

これにたいして、血液中のアセトアルデヒド値は、なだらかに上昇して5時間後に最高値に達しています。このアセトアルデヒド値の上昇にともなって、たしかに悪心、嘔吐、頭痛など悪酔いの症状がおこってきます。

二日酔いとは翌朝まで血液中にアルコールやアセトアルデヒドが残っている状態のことですから、清酒5合という大量の酒を飲んで翌朝さわやかな気分で目覚めるためには、この図によれば、遅くとも21時ごろまでには飲み終えて、ふだんの時間に就寝しなければならない計算となります。

しかし、じつさいには22時から午前25時まで飲酒したというようなケースが多いのですから、翌朝の出社時や登校時には相当量のアルコールが血液中に残っていることになります。それが完全に体内から排泄されて、やっと気分がよくなるのには少なくとも3時間はかかるでしょう。

もっとも、飲酒量が少なくなれば、お酒の処理に要する時間もとうぜん短くなります。したがって、翌朝の血液中の濃度をゼロにしてすっきり目覚めるためには、最大許容量で清酒なら3合まで、ビールなら3本弱、ウィスキーならグラス7杯までで、それも遅くとも前夜の23までに切りあげる必要があるでしょう。

俗に、糖分の多い酒やチャボン飲みが二日酔いをおこすといわれていますが、これは飲んだアルコールの総量の問題にすぎないのです。
ビールやウィスキー、カクテルなどと酒の濃度をかえると、いくらでも飲めるからです。また、こういう飲みかたをすると、ふだんの適量がわからなくなって、つい総アルコール量がオーバーになるかとそらです。

ついでにいえば、正月の屠蘇のベースはミリンだし、甘いリキュールも30~40度のアルコール分をふくんでいます。したがって、深夜のスナックで仕上げに飲んだカクテル1杯はビール1本に相当し、翌朝はげしい二日酔いに苫しむことになるわけです。

しかし、二日酔いのいろいろの症状は、ほんとうはアセトアルデヒドの残留量だけで説明されるようなかんたんなものではないのです。

京都大学のもと教授は、二日酔いのときの血液中のアセトアルデヒド値がじっさいにはさして高くないことに注目し、動物実験によって、二日酔い多彩な症状がじつはいろんな内臓の急性中毒の複合現象にほかならないことを証明しました。

たとえば、マウスに大量のアルコールを二口飲ませただけで、翌朝にはマウスの脳細胞にふくまれる「結合水」が60% も失われるそうです。

梅酒づくりで青い梅の実を焼酎に漬けるとしわしわに縮んでしまいます。つまりそれとおなじで、二日酔いの翌朝のあなたの脳はそんなに縮んでいるのです。

検査で髄液をすこし抜いただけで頭痛や嘔吐がおこりますが、二日酔いの翌朝の割れるような頭痛は、これとおなじ脳の脱水症状によることがよくわかると思います。

もっとも、二日酔いのこの脱水状態は水分の補給によって回復します。しかし、しばしば大量の飲酒をくり返しているアルコール依存症の患者さんの脳は、だんだん萎縮してきて、CTスキャンやMRI で調べると、まだ40代なのに60代や70代の大脳のような萎縮像を示す事例が少なくありません。

この脱水状態はとうぜん、脳ばかりでなく腎臓や心臓、肺など全身の内臓にもおこってるので、二日酔いの翌朝はのどがやけつくように渇きます。だから、二日酔いの手当てにはまず水分の補給が第一です。
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これらのほかにも、飲酒の影響はいろいろあります。たとえば、飲酒によって筋肉内のクレアチニンが減り、リン酸代謝が高まります。これははげしいスポーツ後にみられる現象とおなじです。

つぎに、飲酒によって低血糖がおこるので、これを補うために肝臓や筋肉から元気のもとであるグリコーゲンが動員され、また体内のアミノ酸も減ってしまいます。

さらに、アルコールを分解するために大量のビタミンB1が消費され、ビタミン不足になっています。以上のことから、二日酔いとは、大量の飲酒によっておこった脱水、低血糖、からだが酸性になるアシドーシスやエネルギー消耗状態などの複合状態であり、あの、全身から力が抜けるような疲労や困憊が生じるのも当然なのです。

二日酔いの状態、二日酔いと悪酔いの違いも

「二日酔い」とはどういう状態を指すのでしょうかか。また、悪酔いと二日酔いとはどうちがうのでしょうか。

「宿酔」「二日酔い」というのは、ほんらい、禁酒の影響が翌朝まで残っている状態です。これにたいして「悪酔い」とは、酔って頭痛や吐き気をおこすことで、両者ははっきり区別されます。

しかし、実際にはこの両者の合わさった状態を、いわゆる「二日酔い」と考えてよいでしょう。したがって、「二日酔い」の症状としては、頭重、悪心、嘔吐、めまい、顔面蒼白、ひん冷や汗、頻脈、心悸亢進(どきどき)、全身の倦怠感などの身体症状のほかに、地獄にでもめいりこむような「二日酔い」に独特の虚無感がともないます。