お酒を飲んだときの脳はどんな状態になっているか

アルコール依存症のときの脳のはたらき

さまざまな都市伝説のようなものから正しい情報まで

アルコール依存症になると、脳がアルコールなしでは機能しなくなる?

「酒は百薬の長」というのは、あくまでも清酒1合程度の少量のお酒のときです。5合以上の大量飲酒になると、まさに「酒は万病のもと」になり、あらゆる成人病にかかって若死にすることになります。

「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」などと、数々の酒の名歌を残した若山牧水は、飲んで輿いたれば静かに和歌を吟ずる、まことによい酒飲みでした。

しかし、彼の酒量はかなりなもので、友人によると1日1升2合は常飲しており、胃潰瘍や肝硬変など多くの病気を併発して42歳で天折しました。

牧水のようにアルコール関連性成人病だけのものを、以前はアルコール依存症の予備軍と考えていました。しかし、これは決して予備軍ではなく、現役の「からだのアル中」だと考えるのが、新しいアルコール依存症の概念です。こうした静かな「からだのアル中」にたいして、はでな禁断症状をおこしたり、心理的・社会問題行動をおこして荒れる「脳のアル中」があります。

これは永年の飲酒によって大脳が障害されて、一時的なリバウンドである禁断症状から、やや長期の幻覚症へといたり、ついには、もとにもどらないアルコール痴呆までをおこします。

また、そのあいだには、人格低下状態によって、家族や職場などをトラブルにまきこみます。これが、アルコール依存症の最大の問題点なのです。

酒量がふえる「耐性獲得」から「心理的依存」の段階をへて、ついにはポケットウィスキーのかくし飲みをする、からだが酒をよぶ「身体的依存」の段階にいたると、中枢神経はアルコールなしにははたらけない状態になってしまいます。

このとき、アルコールを中断すると、とうぜん神経系がリバウンドをおこして一過性に過剰な興奮状態になります。これが俗にいう禁断症状で、学名を離脱症候群もしくは退薬症候群といいます。

アルコール依存症ができあがるまでの期間

恐ろしいアルコール依存症になるまではどのくらいの期間がかかるのでしょうか

身体的なアルコール依存症をおこすようになるまでの年月

アルコールを飲みはじめてから身体的依存をおこすまでの期間は、その飲みっぶや個人差があってさまざまです。また、時代的な背景も考えなくてはなりません。

たとえば、所得にくらべてお酒が高価であった3~40年前には、お酒を飲みほじめてから禁断症状をおこすまでに、少なくとも20年はかかると考えられていました。

それが、高度成長によってだれでもが酒をたっぶり飲める時代になって、たちまち40歳代で肝硬変で死亡する事例もでるようになりました。

そのころから、半分の10年で身体的依存になる人もあらわれるようになりました。その後、成人男性よりも酒に抵抗性の弱い未成年者や女性のアルコール依存症がふえてくるにしたがって、さらに、その半分の5年間で禁断症状をおこすことがわかってききした。

現在では、清酒換算で5合以上の大量のお酒を週5日以上のペースで5年間飲むと、りっばな禁断症状がおこるとされています。

男性のアルコール依存症の方は飲みはじめから入院まで平均20年かかっていたのに対し、女性の方は平均8年と、半分以下で「アル中双六」の上がりとなっていました。

最近は崩壊家庭などの女子中学生で典型的な禁断症状をおこす例がみられるといいますから、抵抗力の弱い未成年の女子では4年以下の短い期間で最終段階まですすむと考えられます。

この点で、未成年の飲酒を助長するCMや酒類自販機の設置は、日本の将来をあやうくする社会問題であるといわざるをえません。
毎晩のようにボトルをかかえ、飲まないと眠れなくなっているあなた。もし、急病で入院するようになったら、恐怖の幻覚が今夜にもあらわれるかもしれません。

禁断症状=振戦せんもう

典型的な禁断症である振戦せんもうについて

典型的な禁断症状

アメリカのビクターは多年にわたる観察から、禁断症状が4段階にしたがってあらわれることを明らかにしています。まず、断酒後7~8時間すると手のふるえ(振戦)と一過性の幻視があらわれ、つぎにてんかんとおなじ全身けいれん発作、ついで12時間後には幻聴があらわれます。
以上の3つを「小離脱症候群」といいますが、かならずしも3つそろってあらわれるとはかぎりません。小離脱期にけいれん発作をおこす人は4分の1にすぎないのです。禁断症状の中心は、断酒後3日めにあらわれて2~3日間つづく「振戦せんもう」とよばれる幻覚妄想状態です。この期の興奮はきわめて強いため、かつては精神病院の保護室に収容されて、禁断症状なのにアルコール精神病として分類されていました。

しかし、この2~3日間がすぎると、長時間死んだように熟睡し、目覚めるとおこりが落ちたようにまったくの正気にかえります。つまり、振戦せんもうは一過性の禁断症状にすぎないのです。次のような実例もあります。

振戦せんもう

53歳の工員です。30歳のときから毎晩3合以上の焼酎を飲んでいました。50歳のとき、肝障害をおこして入院しましたが、酒をやめませんでした。

ある日、来客があって大量の酒を飲み、その翌朝、めまいや嘔吐が強いので緊急入院しました。外来で診察中にとつぜんけいれん発作をおこし、すぐにCTスキャンをとりましたが、異常は認められませんでした。内科病棟に入院しましたが、その晩から一睡もできず、手指のふるえや発汗がひどい状態でした。

つぎの晩は看護室に釆て、「隣の部屋のベッドに青いドレスの女が寝ている」「こんなお化けのでる病室はかえてくれ」と要求しました。

翌日、医師が診察すると、「天井にアリがいっぱいむらがっている」と典型的な小動物幻視を訴えました。このように、虫や蛇、小人などの小動物幻視の多いのがこの時期の特徴なのです。

あらかじめジアゼパム(ホリゾン、セルシン) を30mg程度あたえておくと、こうした禁断症状を防止できることが多いようです。

しかし、このケースのようにいったん禁断症状をおこしてしまうと、くすりをもちいてもあまり効きめはありません。この方は、つぎの晩もおちつきがなく、「表に迎えの車がきているから」と病棟からでようとしたため、当直医がかけつけてイソミタールの静脈注射で眠ってもらいました。注射後15時間熟睡し、目覚めたあとはまったくの正気にかえりました。

あとで聞いてみると、その晩は病室全体が大きな窓にみえて、表で機動隊の車が待っている、なにも悪いことをしていないのに、どうしてつれにきたのか不安で、それになんども注射をされるので殺されると思い、必死で抵抗したのだという話しでした。

禁断症状=アルコール幻覚症

幻覚症という禁断症状

幻覚症という症状について

振戦せんもうは、活発な幻視が主体です。これにたいして、幻視はおこらずに、自分を脅かす声やドラムの音などの幻聴がおもな症状で、しかも経過のやや長い「アルコール幻覚症」が、まれにおこります。

幻覚の事例

52歳の調理師です。従軍して中国酒を覚え、終戦後は焼酎、ウィスキーなど約4合分を約20年間飲みつづけていました。

8年前から糖尿病や肝臓の障害で入退院をくり返していますが、最近はやけ気味でウィスキーのボトル1本を毎日飲んでいました。

ある日の帰宅後、いつものように飲んでしばらく眠りましたが、とつぜん愛国行進曲が耳もとで聞こえ、軍靴を踏みならすザクザクという音が遠くなったり近くなったりするので目が覚めました。

耳がガンガン鳴るのをがまんして眠ろうとすると、また行進曲と軍靴の音が聞こえます。そのうちに「オーイ」と戦友のよぶ声がし、「どうした!」と彼によびかけてきました。あまりはっきり聞こえるので、だれかが家の外で自分をねらっていると思い、竹刀をもってドアを開けましたが、だれもいませんでした。そこに妻が帰ってきて大のようすにおどろき、精神病院に入院となりました。

アルコール・パラノイアとアルコール性痴呆

脳が慢性的に障害されると

具体的に起きる症状

脳がアルコールによって慢性的に障害されると、さまざまなこころの症状があらわれてきます。その代表はアルコール・パラノイアとアルコール性痴呆の一種であるコルサコフ精神病です。

アルコール・パラノイア
いままでの事例はいずれも急性期に出現するものでした。これにたいして、慢性化して妄想状態を示すようになったものをアルコール・パラノイアといいます。しかし、アルコールによる妄想の内容ではなぜか嫉妬妄想が圧倒的に多いので、むかしから「酒客嫉妬妄想」とよばれてきました。
アルコール依存症になぜ嫉妬妄想が多いのかについては、いろいろな学説があって議論が定まっていません。単純に考えると、アルコール依存症にはインポテンツが多いので、妻が浮気をしているという疑いをもちやすくなるからではないかと説明されてきましたが、最近の学説を読んでみると、もっと深遠な論理によって理解されるべきもののようです。
アルコール・パラノイアの事例
58歳の工員の方です。20年来の飲酒歴があります。1年前から妻が浮気をしているといいだし、ついに包丁をもって妻を追いかけるようになり、警察に保護されて受診しました。「いい年をして恥ずかしい話です」とはいいますが、問診してみると、「火のないところには煙はたたぬ。妻は10人も二〇人もの男の相手をしている。会社の同僚とも通じていて、連絡をとりあっているから」といって、出社もしないで電話番をしているとのこと。「近所の人も妻の浮気を知っていて、うわさになっています」と、嫉妬妄想のことになると、まったく自分が病気であるという意識がありませんでした。
アルコール性痴呆
アルコールによって脳細胞の脱水や脂肪分の溶解がおこるため、お酒を長く飲みつづけると脳細胞がこわれて脳萎縮がみられます。
そのため、いろいろな程度の痴呆がおこってきますが、コルサコフ精神病とよばれる特殊な型をとることが多いとされています。
コルサコフ状態とは、記憶力が極端に悪くなり、時間や空間への認識(見当識)がなくなり、これに作話症がくわわった痴呆状態のことです。狂犬病ワクチンの副作用によってコルサコフ状態になったものと鑑定されています。
コルサコフ精神病の事例
53歳の職人の方です。20年以上、毎日ウィスキーを半本飲んでいました。45歳ですい炎、49歳で胃潰瘍の手術をうけています。
手術後動けなくなり、妻が勤めにでると、それをいいことに食事もろくにとらず、酒びたりの生活になりました。家で数回倒れたこともありますが、放置されていたようです。ある日、妻の旅行中に大量のお酒を飲みました。妻が帰宅した翌朝に、床の上に座ってなにか虚空にあるものをつかむようなそぶりをし、よびかけても返事をしないので緊急入院となりました。すぐに点滴などの治療をうけ、あらかじめジアゼパムの投与を行ったので離脱症候群はおこりませんでした。入院後1ヶ月たち、歩けるようになりましたが、トイレに行くと方向がわからなくなり、自分の部屋へ帰れず、すましたばかりの食事をまた催促するなど異常行動が目立つようになりました。
診察してみると、日時や場所についての見当識がまったくありません。忘れないよぅにと、自分の病室の番号をマジック・インクで手のひらに書いていました。付き添っている娘の名前をたずねると、妻の名前を答えます。CTスキャンでは脳萎縮が明らかでした。検査室から自分の病室へ帰り、ベッドの自分の名札をみると「同姓同名の人がいるんですね」などといいます。この痴呆状態は3ヶ月以上たってもまったくよくなりませんでした。

アルコール性痴呆と健忘症のなりたち

お酒の飲み過ぎで家族に迷惑をかける健忘症や痴呆

健忘症や痴呆的な症状の原因

ヒトの記憶には、側頭葉の海馬や視床、脳幹の乳頭体をむすぶ「記憶のサーキット」が深くかかわっています。ろくに食事もとらずに飲みつづけていると、神経の栄養剤であるビタミンB1類が大量に消費されて、脳幹の乳頭体が障害をうけ、健忘症候群をおこすのです。大量のビタミンB1をふくむ点滴などの手当てを行いますが、意識までがおかしくなるウェルニッケ型脳炎をおこすと、命は助かっても記憶障害はもとにもどらず、廃人になることが多いのです。

大量飲酒と脳の萎縮

重症な脳の異常

重症の痴呆は例外的に自分には関係ないと思っていると…

「そんな重症の痴呆など、ふつうの酒飲みの自分には関係ない」と思っているあなた。アルコール痴呆はいつの間にかあなたにもしのびよっています。

コルサコフ型痴呆は、むちゃ飲みで脳が栄養障害をおこしたものです。アルコールはもともと脂肪となじみやすい麻酔剤で、それに脳細胞はほとんどが脂肪でできている臓器です。

ですから、毎日の飲酒でアルコールは直接あなたの大脳に浸みこんでいるのです。それに、二日酔いのときの割れるよ、つな頭痛は、アルコールの浸透圧によって脳細胞内の結合水が60%も失われて、脳がちょうど梅酒のなかの梅の実のようにしわしわに縮んだ状態からおこるものなのです。

もちろん、翌朝の水分の補給で脳の脱水は回復しますが、こうした大酒をくり返しているアルコール依存症の方のCTをとってみると、非飲酒群よりも年齢にくらべて脳萎縮をおこす率が明らかに高いことがわかっています。しかもその萎縮は、意志や判断の座とされる前頭葉においてはなはだしいのです。

アルコール依存症の方のなかには、意志が弱くて根気がなく、その場まかせで、モラルにとぼしく、判断力にかける浅薄な人格に低下している人がいます。しかし、彼らはへんなところにがんこで、自分の病気や欠点をガンとして認めないことが多いのです。この前頭葉症候群がまた、お酒を断つのをむずかしくしているといえるでしょう。

アルコール依存症と病気の意識

アルコール依存症の方は多くが病気という自覚がない

病気だという意識がかなり低い理由

ある工事会社の例です。この会社の社員は仕事柄どうしてもつき合い酒が多く、毎年の定期検診で飲酒関連成人病の指摘をうけながら、いっこうに酒をひかえない職員がたくさんいました。

そこで、そのうちのとくにひどい32名について飲酒態度調査を行いました。この会社は、従業員数1162人で、毎年1割以上が肝障害などの飲酒関連成人病にかかっているとの数値がでています。
彼ら32名はそのなかでもお酒の猛者でした。

細かい点は抜きにしても毎年、健診データをもとに産業医から成人病の指導をうけていながら、自分がアルコール関連の成人病にかかっているという意識がない人が多い点におどろかされます。
とくに尿糖や血糖値などの成績から糖尿病になっていることが明らかな2名は、そろって自分を糖尿病患者だと認識していないほどでした。しかし、それらの人たちも、自分以外の一般知識として飲酒と糖尿病とのかかわりを問ぅアンケートにたいして、そのかかわりを認める人は16.9% いました。

つまり、一般的常識として飲酒と成人病のかかわりをすこしは認識していますが、自分のかかっている成人病がじつは酒のせいだとわかっている人は意外に少ないのです。
これでは知人の産業医の指導がさっぱり効果を上げないはずです。

その理由は、この人たちが「酒がからだに悪いことは知っている。しかしおれはまだそこまではいっていない」と飲酒関連の成人病を自分自身の問題として認めていないこと、つまり精神分析理論をかりれば、「認識したくない」という幼児的な「否認」の心的防衛機制がはたらいているからでしょう。

このように、アルコール依存症の方が自分の病気をがんこに否定するのは、判断の座である前頭葉のはたらきがアルコールによって長いあいだ麻酔されつづけたあげく、すっかり弱くなってしまったからでしょう。

実際、体力がおとろえてくる45歳をすぎると、5歳きざみで成人病罹患率が急上昇してきます。とくに、定年前の55歳以上のグループでは、成人病をもつグループがじつに4割以上を占めています。

つまり、体力がおちても酒をひかえないでいると、これらのグループのように成人病をいくつもかかえて、週のなかばに休みをとりながら、やっとのことで勤務する状態になるのです。

定年前に死亡した事例も少なくありません。おたがいに寝たきりと恍惚の人にはなりたくないものです。むちゃ飲みをしていると、いちばんだいじな脳が萎縮して、ついには廃人になるという恐ろしいことになります。

飲みだすと食事もとらずにひたすら飲みつづけ、「酒飲みの美学」に殉じようとするあなた。その「美学」こそ、コルサコフ型痴呆へのなによりの近道となるのです。

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