心地よいほろ酔いと危険な境目

酔っぱらった時に体内で起きていること

ここちよい酩酊感とは、酒が理性の座である大脳の新皮質を適当に麻痺させて、浮世のしがらみをしばし忘れさせることから生じるものです。

薬理学からみると、酒の主成分であるエチルアルコールは中枢神経の麻酔剤にほかなりません。胃腸から吸収されたエチルアルコールは、血液中にはいって大脳に達し、抵抗力の弱い大脳新皮質から徐々に麻酔させていきますが、このとき、呼吸中枢などの生命の維持に中枢のある脳幹には達しせいように、「 血液脳開門 」によって守られています。

以下にアルコールの血液中の濃度と離酎度の相関があります。ついでに、飲んだお酒の量と酔いかげんのおよその関係も以下のとおりです。

1期( アルコールの血中濃度 0.05~0.10 )

  • ほろ酔い
  • 制御除去
  • 不安・緊張の減少
  • 陽気、顔面紅潮
  • 反応時間遅延

2期( アルコールの血中濃度 0.10~0.15 )

  • 多弁、感覚軽度純痺
  • 手・指の震え
  • 大胆・感情不安定

3期( アルコールの血中濃度 0.15~0.25 )

  • 衝動性、眠気、平衡感覚麻痺(チドリ足)など感覚麻痺
  • 複視・言語不明瞭
  • 理解・判断力障害

4期( アルコールの血中濃度 0.25~0.50 )

  • 運動機能麻痺(歩行不能など)
  • 顔面蒼白
  • 悪心・嘔吐
  • 昏睡

5期( アルコールの血中濃度 0.35~0.50 )

  • 昏睡
  • 感覚麻痺
  • 呼吸麻痺

ここちよい酩酊感が得られるのは、アルコールの血液中の濃度が0.1% 前後である第1期から第2期までの時期です。この時期には、本能の座(旧皮質系)の欲求行動に理性の座(大脳新皮質)からかかっているブレーキが過度に麻痺してきます。だから、ふだんのかたくるしい精神的な緊張がとれて、人は陽気になり、素面では口にできないような大胆な言動にでたりします。

タテマエばかりの管理社会に生きているサラリーマンが酒を飲むのは、この第1~2期の麻酔作用によって、抑圧されっばなしの本能行動を解放して自由人に変身し、欲求不満を合法的に解決できるからなのです。しかし、ほどよい酔い なのは「ほろ酔い極期」までで、清酒なら3合、ビールなら大瓶3本、ウィスキーならシングル6~7杯くらいまでとなります。

アルコールの濃度が第3期に達すると、麻酔は運動神経に及んで千鳥足になり、思わず電柱をかかえたりすることになります。舌はもつれて言語は不明瞭になり、眼の動きを支配する動眼神経も麻痺してものが二重にみえてきます。この時期には理性は全く麻痺し、ヒトは感情脳でもある旧皮質に支配され、やたらに怒ったり、泣いたりします。

さらに麻酔がすすんで第4期になると、すっかり足をとられて立っていられなくなって、道路に座りこんで眠ってしまいます。他人の言葉の意味がまったく理解できず、みさかいもなく手を上げたり、肩で息をつき、気持ちが悪くなって吐いたりします。ほうっておくと、吐いたものを気管につまらせて窒息死する場合も多いので、周りの人は気をつけなければいけません。

ついで、第5期になると昏睡状態におちいり、ついには呼吸中枢のある脳幹にまで麻酔が及んで死亡してしまいます。

お酒で本当にストレス解消できるのか 国民が飲むお酒の量

ストレス解消のためにお酒を飲むサラリーマンが多いとのことですが、アルコールで本当にストレス解消できるのでしょうか?

国内のサラリーマンが1年間で飲みほすアルコールの量は、バブルのさなかの1989年度、もっとも好まれるビールで600万klでした。

この量を東京ドームにそそぐと、なんと7.1杯分にも相当します。現代はストレス過剰の時代です。こんな大量のアルコールをわが国のサラリーマンらが飲みほす目的は、酔っぱらうことによって、日ごろのストレスを解消したいからでしょう。

厚生労働省が、1988年度時点に行った「健康福祉動向調査」によると、国民の2人に1人は日々の生活にストレスを感じています。
とくに、中年層のサラリーマンでは、「前日の疲れが翌日まで残る」「疲れやすく、イライラする」「肩や首すじがこる」などの心身症的な訴えが多くなっています。

「不満」「悩み」「疲労」などもまとめて「ストレス」として回答にふくめると、35歳から54歳までの働き盛りの男性の12~13% が、「ストレスが大いにある」と答えています。

そのストレスの内容とは、5割以上が仕事上のことであって、とくに「職場内の人づきあい」と回答した人がそのうちの6割と、とび抜けて多くなっています。

ストレスの解消法として、手軽に「酒を飲む」と答えた人は、4割以上を占め、その30.4% が毎日飲酒しています。月1~2回以上飲酒する人をふくめると、74%にもなります。

これに対して、ストレス解消法として本来のぞましい「趣味・スポーツにうちこむ」と回答している人は35.5% にすぎません。

たえず仕事に追いまくられて、つい手軽な赤提灯やカラオケ・バーにストレス解消の場をもとめてしまう、わが国の中高年サラリーマンの悲しい習性がほのみえてくるアンケート調査結果といえます。

わが国のサラリーマンがこんなにもアルコールに依存するのは、かたくるしい管理社会の束縛を酒の酔いにしばし忘れて、やはりみずからを解放したいからなのでしょう。

ストレス解消のためにお酒を飲む人が多い 精神面でのお酒の作用は

特に働き盛りの男性はストレス解消にお酒を飲む人が多い

紹介したように中国や西欧ではむかしから酒の強壮剤や栄養剤としての効用が有名でした。

しかし、わが国ではもっぱら、酒のトランキライザーとしての効能のほうがよく知られていました。「倭人(日本人) が酒をこのみ、葬儀に乱酔して酔い泣きしている」とのくだりがでてくるほどです。

つまり、わが国は、卑弥呼の時代から、酒は対象喪失の悲しみを忘れさせる向精神剤としてもちいられたったのです。

それだからこそ、奈良朝の貴公子、大伴旅人も「験しなき 物を思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし」と愁いをしずめるトランキライザーとしての酒の効力をたたえています。

また、柳沢淇園(江戸中期め文人) の『飲酒十徳』も、酒は「礼を正し、労をい、憂をわすれ、鬱をひらき、気をめぐらし、病をさけ、毒を解し、人と親しみ、縁を結い、人寿を結ぶ」と、もっぱらストレス解消と抗うつ作用、コミュニケーション促進など、心理面の効用を強調しています。

そもそも、「酒はうれいの玉箒」という名文句は近松門左衛門の戯曲のさわりであり、このようにわが国で酒の心理面の効能のみが強調されてきた理由は、わが国がむかしから和を重んじる国家であっただけに、ストレスがたまりやすい社会だったためであるといえないでしょうか。