たとえ家族でも依存症者の心理は理解できないもの

ギャンブル依存症の本人よりも家族のほうが苦しいというケースは多々あります。そんな家族に精神科医などは「彼らは病気だから仕方ありません。それを理解してあげましょう」といういい方は無用な苦しみを生んでしまいます。

基本的にはなんとか家族のギャンブル依存症を治したい!そして理解しょうと一生懸命です。それでも依存症本人の歪んだ心を理解するのは非常に困難です。

金輪際ギャンブルには手を出さないと誓った舌の根も乾かないうちに、子どもの貯金箱を壊したり、学資保険を無断解約したりして、いそいそとギャンブルに出かけていきます 。

ギャンブルで大損するたびに「どめんなさい、すみません、もうしません」と泣いて謝るのに、しばらくおとなしくしていたかと思ったら、また同じことの繰り返し… 。

いくら家族でも、こんな心情を理解しょうとしても無理なのです。古典的な時代劇に出てくる丁半博打にウツツを抜かす悪い父親のように、妻や子どもを足蹴にして堂々とギャンブルにいくならまだ理解もできますし、諦めもつきます。そうなるとバカバカしくてつき合い切れないと覚悟もつきますから、迷いなく離婚などの決断ができます。

そうではなくて「ごめんなさい、すみません、もうしません」などと泣いて真剣に謝るのですから、その不可解さを理解しろといっても無理です。自分の夫でも妻でも子どもでも親でも、依存症者の内面をうかがい知るのは難しいのです。

寝ても覚めても頭を巡る借金には解決方法がある

ギャンブル依存症には、影のようにつねに借金がつきまといます。借金は連帯保証人になっていない限り、借金の返済が両親や配偶者に請求されることはありません。

サラ金規制法(貸金業法) で守られていますから、夫の借金のとり立てが自宅にやってきたとしても「亭主の博打の借金を、なぜ私が払わなきゃいけないの。亭主からとってちょうだい。給料を入れてくれなくて家計が苦しいんだから、なんなら過払い利息を私にちょうだい」などと妻はごねればいいのです。

ただし、博打打ちと一緒に暮らしている以上、自分の実印や持ち家の権利証(登記済証) はきちんと管理・保管しないといけません。実印や権利証の類いは念のために実家の親に預けておくはうが安全でしょう。

これは本人に余計な葛藤を与えないための家族としての配慮です。「信用する」か否かの問題ではありません。実印は普段はあまり使わないものですから、いったん役所で登録抹消する手もあります。こうしておけば借金問題に巻き込まれる危険性はかなりと減ります。

借金が本人の返済能力を超えたら「ごめんなさい」と裁判官に申し出れば、返済額の減額をしてもらえます。資産を隠したり、年収を低くどまかしたりして、返済額を減免してもらうのは違法ですが、「うちには小さな子どもと年寄りが同居しているので、月々これくらいの生活費がいります。

また、回復のための欲望充足法のため月1万円ほどは趣味のお金もいります。だから、差し引き借金の返済に充てられるのは、月2万円までです」などと包み隠さず正直に申告すれば、ギリギリ払える額まで返済額が減免してもらえるケースが大半です。

自己破産されたら困りますから、貸し手側としても月々決まった額を返してくれるなら多少の減額は黙ってのむはかないのです。

お金を貸した側は「借りたものを返さないのは人間のクズだ。生きる資格はない! 」などと罵倒するかもしれません。貸し手サイドの心情としては当然でしょう。でも、現代の資本主義には「借りた金は絶対返せ。借りた金を返さないのは人間のクズだ」といい切れるルールはないはずです。その証拠に日本ではバブル経済の崩壊後、大銀行は返せなくなった不良債権を「ごめんなさい」と頭を下げて全部国民に肩代わりしでもらっています。

「借りた金を返さないのはクズ。資本主義の風上にも置けないから即刻退場せよ」というなら、日本の大手銀行の大半はバブル経済崩壊と同時に消滅していないとおかしいのです。「返せない状況に陥ったら、返せる範囲で返してもらって構いませんよ」という形で維持されているのが、資本主義システム。

ギャンブルが御法度のイスラム国家や社会主義国ではそうはいかないでしょうが、少なくとも現代の日本では借金を返せないことと存在価値とはなんの関係もありません。返せる人だけが正直に返せばよいのです。借金を苦に命を捨てるのはやめてください。

ひとつの生き方でもある

「ギャンブルが人生の中心」という依存症者の行動が受け入れられない家族や周囲の人たちは、それに無理についていく必要はありません。夫婦なら離婚できますし、親子関係だって一定期間交流を絶てば、民法上「絶縁」にしてくれます。

緑を切られた依存症者は、不幸なケースではそこから自滅の道をまっしぐらに進むでしょうが、それで本望でしょう。厳しいことをいうようですが、ギャンブルをしたいのが真の欲望であり、無上の楽しみだとしたら、とことんのめり込んで最後は破滅してビルの屋上から身を投げる末路が待っていたとしても致し方ありません。

命を賭けるくらいギャンブルが好きなら、それはそれでひとつの生き方として受けとめるのです。家族を顧みないで仕事や芸術に打ち込む人生は素晴らしくて、家人から緑を切られてでもギャンブルに没頭する人生はつまらないとはいえないでしょう。

ギャンブルが好きで好きでたまらなくて、自己矛盾もまったくない人たちが経済的に破綻してギャンブルができなくなり、離婚されたり独りになったりして破滅の道を歩むとしても、それはそれで詮無きこと。そこに口を挟むのは医学の領域を超えて、哲学や宗教が救済すべきテーマになるのです。

しかし、本心からギャンブルに人生を賭けている人はいませんでした。おそらく本当にギャンブルを愛している人は、大切にギャンブルをしているはずです。

依存症者とのつ手合い方

ギャンブル依存症で悩んでいるのは本人だけではありません。家族や周囲の人たちも悩んでいますし、当人が依存症から脱するプロセスでは家族や周囲の人たちの協力や支援が欠かせません。

そこで依存症患者の家族と周囲の人たちがギャンブル依存症者とどうつき合っていくべきかを紹介します。

依存症者の夫を妻が病院に連れてくるケースが多いため、夫を依存症者と想定して話を進めますが、依存症の妻を持つ夫の場合には立場を逆にして読みすすめてください。

同様に親子関係の場合も未成年期間など法的な保護義務がある場合を除き、「縁」という視点からすると、夫婦関係と本質的に同じと考えて読みすすめてください。

さて、ギャンブルにのめり込むはど夢中になっている当人は、ギャンブルをしている瞬間は幸せです。家族にとっては迷惑な話でしょうが、そこから先は家族がそれを「どう受け止めるか」にかかっているのです。

自閉型の回復プロセスの特徴

自閉型はなんらかのきっかけでギャンブルにはまると習慣化しやすいという弱点があるものの、逆にいったんギャンブルを断つと続きやすい傾向があります。

断ギャンブルを続けるには、自助グループへの定期的な参加をはじめとして、ギャンブルという刺激のない日常生活での単調な繰り返しが求められます。このプロセスでは、ギャンブルにかかわる情報の遮断、ギャンブルにともなう人間関係を断つことも求められますが、これらの行動や思考の単純化は自閉型にとっては心地よいものです。

「仕事、運動、食事、睡眠という一定化した生活リズムができること(が喜び)」「スロットができないつらさについては、深く考えないようにしている( = 考えないようにできる)」といった発言は自閉型の特性を明らかに示しています。ギャンブルをしない生活習慣が単調化かつスケジュール化されたら、単車線認知パターンを示す自閉グループは、そのまま断ギャンブルを続けられます。

 

さらに本人の興味に合うように新しぃ趣味や習慣が見つかれば、断ギャンブルがより安定化します。

自助グループへの参加もスケジュール化のひとつとして有効ですが、コミュニケーションが苦手な自閉型にとって他人との交流や自己開示は負担になることもありますから注意が求められます。非自閉型は罪悪感の強さが回復を疎外する要因となりますが、これと対称的に自閉型では当事者意識が希薄であり、過去のギャンブル行為や借金から生じる罪悪感に苦しめられることは比較的少ないです。自閉的な気質では、この点でも断ギャンブルを継続しやすいといえるでしょう。

自閉型には心地よい行為と場所

非自閉型は「なんのためにギャンブルをしたいのか」という動因が明らかでしたが、自閉型はこれと対称的です。「(勝ちたいという欲求がなく) ただパチンコにお金をつぎ込むだけのロボットだった」「1日ぼんやりと過ごせることに安らぎを感じる」といったコメントに表れているように、なんのためにギャンブルをするかが不明確なのです。

「ストレス解消のため」といった最初のきっかけは確かにあるのですが、依存症が進行するにつれてギャンブルをする動機がはっきりしなくなってくるのです。自閉型は、ギャンブルを好んでやっているという「自己所属感」が希薄であり、どのような心理がギャンブルへ駆り立てるのかがはっきりしません。

したがって本来充足すべき欲望がなかなか見つかりません。そこで自閉的な気質に目を向けます。自閉的な気質には「社会性の障害」「コミュニケーションの障害」「反復性行動傾向と興味の限定」という3つの側面があります。

なかでも変化を嫌う反復性行動傾向は、社会性やコミュニケーションの障害と比べると社会経験をへても改善する可能性が低く、成人になっても残りやすいです。したがってギャンブルをする習慣であれ、しない習慣であれ、ある種の習慣が身に付くとパターン化、固定化しやい特徴があります。

自閉的な気質による生活のパターン化は「単車線認知パターン」でより具体的に説明できます。単車線認知パターンとは、あるものに注意が向いているときには他の刺激に対して反応を示さないというものです。ギャンブルという行為とギャンブルをする場所は、いかにして賭けに勝つかというひとつの目的と刺激に支配されています。

自閉的な気質の持ち主は、いろいろな刺激から自分が好む刺激を選ぶことを強いられるのが苦手ですから、単一の目的と刺激で満たされているギャンブルは、心地よい行為であり心地よい場所なのです。ギャンブルのなかでも競馬や競輪、カジノのように複雑な情報処理が求められる戦略的ギヤンブリングよりも、パチンコやスロットのように単純化された非戦略的ギヤンブリングのほうが、自閉的な気質の持ち主には親しみやすいといえます。

内観療法を利用した3つのアドバイス

内観療法に限らず精神療法の基本は、治療者の世界観を患者に押しっけることなく、患者の言葉にひたすら耳を傾けることです。
ただし、ただ耳を傾けるだけでは、回復に導けない場合があります。そのときに有効なのが、次の3つのアドバイスです。

1.「感謝と謝罪を伝えること」を回復の指標とする
まずはギャンブル依存症によって迷惑をかけた両親や伴侶、親類縁者、友達など、本人にとって気がかりな相手(キーパソン)を対象に、前項の3項目、特に「1してもらったこと」を思い出してもらいます。
その際、患者は言い訳や恨みつらみ、後悔などを盛んに訴えかけてきますが、これらは1回聞けば十分です。次に「1してもらったこと」への「お返し」、それに「3迷惑をかけたこと」への「埋め合わせ」を考えてもらいます。すぐに行動に移す必要はなく、「ありがとう」や「どめんなさい」をいう準備をしておくだけで十分です。

重要なのは、ギャンブルの回数や損金を減らすことではありません。むしろまだできていない「お返し」や「埋め合わせ」を含めた“人生の借金”、つまり「ありがとう」や「ごめんなさい」を伝える機会が多ければ多いほど、生き甲斐(生きる意味) があると気づいてもらうことです。

断ギャンブルに成功したときの喜びも、再びギャンブルをはじめてしまったときの挫折感も一時的なものです。それよりも「ありがとう」や「どめんなさい」を、そのチャンスがあるときに伝えることのほうが長期的な回復力につながるのです。

2.「法的な借金返済の有無」と「回復」は無関係なことを強調
大前提として借金の返済義務に関する判断は司法の領域であり、医療が立ち入る領域ではありません( ただし法律相談の利用は積極的にすすめます)。
ギャンブル依存症のなかには、多額の借金を返済できる自らの「返済能力」に特別な価値を感じ、固執していているケースがあります。これは非自閉型に特有の罪悪感に対する反動形成です。この返済能力への固執に自己責任論が結びつくと、借金問題を一刻でも早く片づけたいと焦り、余暇を削ってアルバイトに精を出したり、生活費を削って耐乏生活をしたりします。
そのストレスで徒労感や虚無感を覚えると、そこから救済されるためにギャンブルに救いを求めるケースが少なくありません。万一借金が完済できたとしても、それはそれで自己返済能力の過信につながり、再びギャンブルに走るケースもあります。
多額の借金があって返済不能である。場合にはその事実を素直に認めるしかありません。そのとき返済不能に陥ったことがと本人の人間的な価値は無関係であると強調することが必要です。
貸し主から槙的責任を求められた場合には、司法から返済能力に関する法的判断を
受けた後、淡々と怯的責務を果たすように伝えます。
3.罪悪感の緩和が最優先
「あそこでやめておけばよかった…」という後悔、「ギャンブルがやめられない自分は、破滅して当然の人間だ」といった罪悪感が増すにつれて、自虐的に再びギャンブルに走るようになる方も大勢います。そういうタイプには、はじめにギャンブルとの深い緑に感謝してもらいます。
そのために「あなたの人生はギャンブルによって支えられてきたし、いまも支えられています。ギャンブルに出合えてよかったんですよ」とギャンブルに「してもらったこと」を伝えます。そのうえで「あなたはギャンブル欲求が強い体質であり、子どものころの加親子関係やその後の社会生活でそれがさらに強化された結果、コントロールが難しくなったんです。あなた自身に100% 責任はありませんよ」と医療的な免責を強調します。こうして回復を妨げる閉鎖的罪悪感を緩和したうえで「ありがとう」と「ごめんなさい」をいうための準備だけに専念してもらいます。

非自閉型の回復プロセス 内観療法について

もうひとつの内観療法とは、とてもシンプルです。次に掲げる「内観3項目」を幼少期から現在まで3歳刻みに自分のことを思い出していきます。

  1. してもらったこと
  2. 返したこと
  3. 迷惑をかけたこと

対象者は両親、配偶者、兄弟、子どもなどです。

この内観療法には「分散内観療法」と「集中内観療法」があります。分散内観療法は、期間をとくに定めることなく、毎日15~30分程度思い出し、治療者との面接時に定期的に報告してもらう方法です。

つい一方の集中内観療法は、1週間程度、病院や研修所などに泊まり込みます。衝立てでl m四方ほどの個室スペースをつくり、治療者以外との交流や音楽鑑賞などを禁止して、外部との交わりを遮断します。

面接は1回5分程度を2時間どとに1日計7回。治療者は患者が思い出したことをひたすら聞くだけで、コメントなどはしないようにします。

こうした内観療法では「3迷惑をかけたこと」を思い出すことで、罪悪感が強化されます。この場合の罪悪感は、はじめのうちは「どうせ自分が悪者なんだ」という被害者意識、もしくは自分を哀れむ「自己憐憫」が強い罪悪感(閉鎖的罪悪感) であるケースがほとんどです。

ところが「1してもらったこと」(被愛事実)を思い出していくと徐々に「すまなかった」という感謝をともなう開放的罪悪感に変化します。この俄悔心とも呼びたいような健康的な罪悪感を得ることで、安定した断ギャンブルへの移行が可能になるのです。

非自閉型の回復プロセスは自助グループ

こうした分析を踏まえると、非自閉型は自分を受け入れたうえで自己中心的な考え方や行動のパターンを修正していくことが根本的な解決法となります。

そのために有効なのは、自助グループへの参加と内観療法です。自助グループとは、同じ障害や悩みを持つ当事者や家族が自発的に集まり、独自の理念に基づいて活動する団体のことです。そもそもは1930年代に、アルコール依存症に悩む人たちがアメリカで立ち上げたものです。

実名を伏せて匿名(アノニマス)で活動することから「ギャンブラーズ・アノニマス」、その頭文字をとって「GA」と呼ばれます。GAは1957年にアメリカで発足し、日本では1989年に最初の団体が発足し、国内で現在100以上のグループが活動しています。

GAでは、普段は口にできない悩みをざっくばらんに話したり、同じ悩みを持つ人の話に黙って耳を傾けたりするだけで、内容についての助言や議論は行われません。素直に語り、その話を素直に聞いているうちに、他者を鏡として自分の内面がわかってくるので、それまでの自己中心的な考え方や行動のパターンに気づき、自分で修正していくことができるのです。

非自閉型は罪悪感や後悔が解消されない

ギャンブル依存症を解決するためには、「自閉型」か「非自閉型」かにかかわらず、欲望充足法で治療を行います。

そのうえで自閉型と非自閉型の特質にあわせて介入します。非自閉型のギャンブル依存症は、なにが自分をギャンブルへ向かわせているのかという動因(動機)を自覚しているのが特徴です。それは「負けをとり戻したい一心だった」「まわりに注目されるのがうれしかった」「嫌なことが忘れられた」といった当事者の発言にはっきりと表れています。

ギャンブルをしているとたまに勝ちますが、それが勝利欲や達成欲といった潜在的な目的を満たしてくれることで、ギャンブルから抜け出せない動機をつくります。

たまに勝って勝利欲や達成欲が満たされることで充足体験に関する記憶が強化され、それがギャンブル衝動をいっそう促進するからです。

非日自閉型は、断ギャンブルを試みた後でもギャンブルをしたいという衝動が衰えていません。「モヤモヤしたむなしさがある」「これ以上親を困らせてはいけないと思うと、かえってパチンコをしたくなる」など、根深いギャンブル衝動にかられてしまうのです。

そのため非自閉型は、単にギャンブルをやめているだけでは、罪悪感や後悔が心のなかでくすぶり続けており、それを打ち消すために自己否定と他者への攻撃性が高まります。それがギャンブル欲求を強めて再発のリスクとなるのです。