子供には財産を残さない

親が「もうお手上げ」というメッセージを明確に伝えれば、子どもにはなんらかの葛藤が生じるでしょう。「オレはなんのためにネットとゲームばかりしているんだろう?本当はなにをしたいんだろう? 」と否が応でも考えると思います。

そこからすべてがはじまるのです。親が3食昼寝つきの環境を与えていたら永遠になにも変わることはありません。「この子にお金を残して死んだら、なにをするかわからない」と心配になったとしたら、貯金をすべて使い切るか、遺言書をつくって慈善事業へ全額寄付してから死んでください。

親は「自分たちがいなくなったら、まともに働いた経験がなく生活力がない子どもは無一文でどうなるのだろう」と不安になるでしょうが、子どもが困り果てて周囲に「ごめんなさい、なんとかしてください」と本気で頼めば、生活保護で最低限の生活は保障されるのが、よくも悪くもいまの日本社会ですから心配はいりません。

国内でテロや内戟が続いて生存が脅かされている国では、ネットにもゲームにも依存している場合ではありません。そういう意味ではネットやゲームへの依存は、国が平和で余裕があるから起きる障害だといえます。しかし、それを「平和ボケ」「贅沢病」と非難するのは間違いです。

依存症がない国は、裏を返すと国民に自由がない独裁主義国家ですから、自由を保障する民主主義を標模する国では依存症が生じるのは当たり前。そのために生活保護を使うのは、民主主義社会が払うべき最低限のコストなのです。

脅しには屈せず「もうお手上げ」のメッセージ

未成年者のネットやゲームの依存症では、葛藤を持とうにも持てない快適な環境を親が与えていることこそ、解決すべき最大のポイントです。

親は「自分たちが生んで育てた子どもだから、自分たちで責任をとらなくてはいけない」と過剰な責任感を抱いています。しかし、成人するまで育てて依存症が続いているとしたら、もはや親に対処能力がないのは明らか。ここは早々に「お手上げ宣言」をするはうがよはど責任ある行動です。

あえて極端なことをいうと、「ごめんなさい、もう、どうにもなりません 」うつ病になったほうがよほどいいのです。実際、「私はうつ病になるくらいつらい」と訴える依存症者の母親に「だったら本気でうつ病になってください。ならなくても、なったふりをして1ヶ月間布団をかぶって、ウンウン唸ってください」とアドバイスする精神科医もいます。

そうなったら、息子は「お母さんはいつもこの時間になるとど飯を運んできてくれるのにおかしいぞ」と不審に思って、自分の部屋から出てくるでしょう。すると、頼みの母親が頭から布団をかぶってウンウンと唸っている姿を見つけます。「お母さん、起きて、オレのど飯は?」と声をかけても、「料理もなにもする気が起こらない。私、うつ病なの」と病院からもらった薬を見せます。すると息子は「ふざけんなよ! 」と大声でわめいて茶碗を2 つ3 つ壊すかもしれませんし、「なにもしてくれないなら、コンビニ強盗するぞ! 」と脅してくるかもしれません。

そうしたら「あなたが強盗するのはつらいけど、私はどうしようもできないの。警察に捕まったら、お母さんは這ってでも面会にいくから待っててね」と愛情を伝えます。

このストーリーは極端かもしれませんが、自分たちはお手上げだというS O S をこれくらい鮮明に伝えないと次につながらないということ。せっせと子どもの世話をしながら依存症を断ち切ってやろうとしても無理なのです。

ネットやゲームに依存する子供のことが心配でならない

最近は、「ネット依存治療研究部門」なが開設されている病院も増えてきました、専門の医師が中心となって外来診療を行っています。

いわば、日本初の「ネット外来」 です。2008年時点の調査によると、日本でネット依存が疑われる成人は全国で2 70万人にのぼると推定されています。そのうちの進行例は、お金は失わないにしても1日中家に引きこもって、仕事をする意欲もなくなり、ネットやゲームが生活の中心になっています。ちなみに中高生のネット依存、推計93万人います(2019年時点)

ギャンブル依存症と違って未成年の患者が多く、「うちの息子、ど飯を食べるとき以外はずっとうちでネットやゲームをしています」と悩む親御さんが大勢いらっしゃいます。

子どもを依存から立ち直らせたいと思っても、いきなりネットを使えなくしたりゲーム機を捨てたりするのはやめたほうがいいです。親の権力を振りかざしたくなるのでしょうが、極端な行動は過剰な暴力を引き出す恐れさえあります。

以前ネットを無断で使えないようにした父親を息子が殺すという痛ましい事件がありましたが、犯人の息子にとってみれば「自分はむしろ被害者」という意識です。自分が生きていくうえでもっとも大切だと思っていたネットを無断で使えないようにするのは、死に値する仕打ちだと思えたでしょう。

そもそも家庭で親に強い権力があるのなら、依存状態になる前に抑えられるはず。それができないから快適な環境を与えているわけです。本当忙なんとかしようと思うなら、ネットやゲームだけをとりあげるのでなく、「もうどうにもできない」と宣言して衣食住の快適な環境そのものを親子ともども放棄すれば、子どもは引きこもっていた部屋から嫌々ながらも這い出てくるでしょう。

快適な状況を壊されると怒って暴れるかもしれませんが、そうやって生傷を負いながら生きる道を定めていくのが人間ともいえます。普通はそれを中学生のころまでに済ませるものですが、ネットやゲームの依存症者はある程度年をとっていても内面的には中学生以下かもしれません。

つまり、引きこもりの根っこには、親との関係性を巡る問題が潜んでいるということです。引きこもりで、ネットやゲームの依存症の少年少女たちは「最後はお父さん、お母さんが、なんとかしてくれるだろう」と親に対して過剰な万能感を持っているのです。

だからこそ、ネットやゲームを唐突に断ち切ると殺意が芽生えることがあるのです。誰かに過剰な万能感を抱いていると、その気持ちが裏切られたときの憎悪は激しくなるからです。