入院治療か通院治療かの判断

外来だけで治療を行うには条件がある

外来治療を希望すればできるというものではありません

入院をしないで外来通院だけで治療

入院治療と外来治療については、ジアゼパムなど禁断症状を抑える特効薬があらわれたので、禁断症状をおこす可能性があっても、薬を服用しながら家庭で治療をつづけることも可能になりました。

ただし、これは、専門医の指導があって、十分に目がとどくという条件つきであり、さらに本人の断酒の決意が固く、かつ体力もあり、四六時中看護する家族がいて、いざというときには近くの開業医の協力もえられるという条件も満たされなくてはなりません。

体力が弱っていたり、内臓の病気があったり、また誘惑にまけて飲む可能性のある人は、専門病院に入院して酒を断ったほうが無難です。

どのような方であれば通院治療が可能であるかです。通院による治療を可能にするにはまず、本人が不承不承ながらも、アルコール外来に診療のために訪れて、自分がアルコール依存症ないしアルコール依存症にかかっていることを認めて、断酒を決意して通院をつづける覚悟が必要です。

いやがる本人をなんとか説得して、外来受診にまでもっていくのはたいへんな作業です。連続飲酒発作の最中や、まだ酔いが残っている場合には、この作業を行うのは逆効果です。

しかし、こうしたときでも本人は「このままではたいへんなことになる」という自覚はもっているものです。だから二日酔いの朝には、その反省によってうつ状態になるのではないでしようか。

妻の心得のようにこうした反省がすこしでもきざしたタイミングをとらえて、本人からアルコール外来の約束をとりつけてください。
または、その前段階として保健所への相談や、断酒会、A・Aに出席する約束だけでもとりつけてください。それでも、本人がどうしても保健所へでかけたり自助グループに参加しない場合は、たとえ家族だけでもさきに保健所や自所グループに酒害相談に行くべきです。
保健所のワーカーや自助グループのメンバーが自宅を訪問して、本人を説得してくれる地域もあるのです。

自助グループの緊急援助

A・Aや断酒会による緊急援助

どのように実施されるか

国内のA・Aや断酒会など、自助グループの活動のスタートは、本場アメリカにくらべて、30年以上おくれました。したがって、緊急援助は個人の熱意によるケース・バイ・ケースのもので、システムとしてはまだととのっていない段階にあります。

これは、その地域ごとに自助団体の組織状況や活動ぶりが、まだまちまちだからといえるでしょう。そこで、地域にどんな自助団体があり、またどんなアルコール専専門の病院や外来があるのか、さらにどんなサービスを受けられるかについては、いちがいにこうとは言えません。自分の居住地に関するこうした情報は、管轄の保健所や精神保健センターがもっています。
まず家族が保健所精神保健センターの酒害相談を利用することをおすすめします。
緊急援助活動もふくめて、必要な情報を教えてくれるはずです。

最初の受診でのやりとり

実際のやりとり

本人が医師の前にあらわれたら、まずどういうやりとりをするのか

なんとかして、アルコール外来に本人があらわれたら、それからは精神科医の腕のみせどころとなります。この、最初の受診での医師の作業は、いかにして本人に自分が病気であるとの自覚をもたせるか、そして断酒への決意をかためさせるか、つまりどのように治療へのモチベイション(動機づけ)を行うかという作業です。

こうした場合、主治医と本人とのやりとりは、主治医←→患者の人格とのふれあいまでがかかわる、とても人間くさい作業となります。
この作業には十二分に時間をかける必要があります。このやりとりで本人に断酒のモチベーションができれば、治療は半分成功したといってもよいのです。反対に、どうしてもモチベーションができないとすれば、外来での治療をつづけていけないことになります。

本人にモチベーションができないときには、2つのやり方があります。まず、緊急に医療をうけさせなければ本人の身体面や社会面に大きな堤が生じるようなときは、入院の説得の切り替えとになります。

また、それほど緊急ではないとみられるときは、いったん本人を帰宅させ、再度のチャンスがきたときに動機づけをやりなおすことになります。

本人が飲酒をつづけた場合、健康面でも社会面でも重大な不利益をこうむる状態にあることを十分に説明し、そのう、冬酒をやめるのは本人の自由であるとつきはなす方針をとっています。つまり、酒をとるか命と仕事と家族をとるかは、本人の自由にまかせるのです。

しかし、こうした段階では、今日は酒をとって明日は命をとる、などのあいまいな選択はもはや許されないようになっています。そして、命と家族をとると本人が決意すれば、医師は、禁断症状や不眠のための精神安定剤や、物理的に酒を飲めなくする抗酒剤などをだすことで、ほんのチョッビリだけ、患者さんの手助けをすることができると説明します。この考え方は、アルコール外来での医師の長い治療経験から得た大切な経験だそうです。

冷たいように聞こえるかもしれませんが、かけねなしの本音であり、決しておどしやかけひきなどのハッタリではありません。
はじめは、「命などもう惜しくない」と強がっている方でも、「ほんとうにそう思っているのなら、どんどん飲んでもいいよ」とつきはなすと、「それじゃやめますから、やめるくすりをください」といいだすことも多いのです。

治療中の再飲酒のきっかけ

やっと治療をすると決めたのに再び飲んでしまう場合も

ふたたび飲みはじめる際のきっかけ

最初は、抗酒剤をのんで断酒していても、いろいろな理由をつけて、すなおにくすりをのまなくなったら要注意です。たとえば、その理由として、抗酒剤の副作用をいいたてるなどです。

たしかに抗酒剤には副作用がありますが、これはごく軽いもので、皮膚過敏症で真夏の紫外線にあたると日光性皮膚炎をおこしたり、ムシに刺されたあとがかぶれやすくなる程度です。

ふつう、七7~10mgの1日量を半分に減らせば、症状は消えます。くすりをやめる理由にはなりません。1もう自信がついた。治ったから」「抗酒剤にたよっているときはほんものではありません。

「おれはそんなに意志は弱くない」「おれをそんなに信用できないか」などという人もいます。これは、かならずしもその日の帰りにお酒を飲もうという下心からいっているわけではありません。

酒飲みは、いつでも飲めるからだにしておかないと、なんとなく心淋しいという心理があります。
こうした場合、アルコール依存症の方の奥さんに「あなたは自信があるのでしょう。しかし、あなたのお酒にノイローゼになっている私(家族)を安心させるためだけでも、抗酒剤をのんでください」と言っていただくようにしています。

「過敏になりすぎている家族の神経を静めるために、のむ必要のない抗酒剤をのんでやるのだ」という理屈で患者さんのめんつを立てると、なんとかくすりをのみつづけるものなのです。

「家族の誓い」でもみたように、日本のアルコール依存症の夫には、「家族のために命よりだいじな酒をやめてやっているのだ」という心理があり、「おれがこれだけがんばっているのだから、子どもはもっと勉強しろ、妻ももっと心のこもった料理をつくれ」と、家族ぐるみの協力を要求する傾向があります。

日本では、「夫のアルコールは、夫自身の問題だからA・A のミーティングで。それでかき乱された私たちの問題は、アラノンのミーティングで」と、夫婦のアイデンティティが分離したアメリカのようにはとてもいきません。とくにこれは、旧世代の夫婦にあてはまる傾向が強いです。

日本では、夫の断酒でとりもどした家庭の平和をしごくとうぜんのこととは思わずに、夫が命よりだいじな「酒断ちの業」を行っていることへの理解と思いやりとを、いつまでももちつづける家族の存在が、患者さんの断酒を長つづきさせているともいえるのです。

ところで、はじめにあげた夫の理屈やおどしに負けて抗酒剤をやめるのを黙認すると、そのうちに患者さんは会社の帰りにこっそりお酒を飲み、こそこそとふとんにもぐりこむようになります。
少なくともこの段階で、夫の再度の飲酒ときっばり対決して、アルコール外来にひっぱってきてください。ここで断酒の再動機づけをやりなおす作業をついおこたると、つまりは妻が飲酒を認めたことになり、つぎからは居直ってどうどうとお酒を飲むようになります。

そして妻に週1日の飲酒日を認めさせるのです。やがて、週末だけの約束のはずのお酒が、週2日になり、週3日になり、ついには毎日になって、あっという間にもとのもくあみになります。

治療での禁酒のもつ意味

アルコールを控える程度では依存症は治らないのは

1滴でも飲んではいけない

アルコール外来にひっぱってこられるようなアルコール存症の方は、適当なところでお酒を切りあげる(つまり節酒)ことができなくなっているからこそ、病院のお世話になるのです。

連続飲酒発作がどうしておこるのか、その生物学的な背景はまだ明らかではありません。しかし、依存をおこすメカニズムがいったん大脳にすりこまれてしまうと、一滴でもアルコールがはいればふたたび逮続飲酒発作がひきおこされるようになります。

人一倍強い飲酒への誘惑にたとえ、1度でも負けると、いままではせっかく抑えこんでいた「からだのなかの酒の虫」がとたんにあばれだします。

例をあげておきましょう。アルコール病棟に入院して9年間断酒に成功していた人がいました。ところが、彼が宴会でトイレにたったすきに、悪い仲間がその人のコーラにウイスキーをたらしこむという罪深いいたずらをしたのです。
その結果、その人は10後からくるったようにお酒を飲みだし、再入院になってしまいました。

この事例から、長いあいだ断酒していたアルコール依存症の人でも、たとえ1滴でもアルコールを飲むと「からだ中の血が騒ぎだしておさまらない」という恐ろしさがあるのです。

もともとアルコール依存症になるような人は、飲みたいという心理的欲求が異常に強いのです。すでに何度か触れましたが、その欲求行動にブレーキをかけているのは、意志の座である大脳の前頭葉です。

アルコールは薬理学的にみると麻酔剤であり、しかも神経学的に高次なはたらきをもつ大脳新皮質から麻酔していきます。
つまり単にたとえれば、アルコールはブレーキをこわしてしまうのです。ですから、ふつうの酒飲みでも、つい、もう1杯もう1杯とあとをひきます。

人一倍飲酒欲求が強く、依存のすりこみができあがっているアルコール依存症の人で、このブレーキが外れれば、たちまち暴走して谷底に転落死するまで酒がとまらなくなるのは明らかでしょう。

アルコール依存症の治療は、ほんとうは節酒でやれるのが理想です。しかし、このようなわけで、実際には選択の余地はありません。一生びしゃりと断酒して生きのびるか、飲みたいだけ飲んで生命を失うかアルコール依存症になった人には2つに1つしかないのです。それほどきびしい治療なのです。

断酒成功と抗酒剤

生涯断酒を続ける人生

生涯にわたる断酒をつづけるうえで、抗酒剤の役割

生涯にわたる断酒をどうつづけていくかこれを助ける方法には

  1. 抗酒剤におって体が物理的に酒を受け付けなくする方法
  2. 心理的に飲めなくしていく自助グループへの酸化

があります。

物理的に飲めなくする抗酒剤の場合、少なくとも半年単位でくすりをのむ必要があります。というのは、アルコール外来にくるような人は、長いあいだの飲酒で前頭葉のはたらきが麻痺して、怒りっぽく、ブレーキのかからない旧皮質人間に人格が低下しているからです。

こうした人から、アルコールがすっかり抜けて、前頭葉のはたらきが回復してくるには、最低でも3ヶ月はかかります。理性の座である大脳新皮質が欲求行動の発動の座である大脳辺縁系(旧皮質)にたいしてブレーキをかけているしくみにおいては、アルコール依存症の方は、完全に断酒してから少なくとも3ヶ月以上たたないと、この前頭葉のブレーキが回復してきません。

入院した患者さんは、禁断期を脱してからも1ヶ月はいらいらと怒りっぽい時期(刺激期)がつづき、やっといちおう落ちついて退院するまでに、少なくとも3ヶ月はかかるのです。
しかし、その後も1年近くは、お酒を飲んでいたころに身についた自己中心的・独善的で浅薄な対人関係のゆがみが残ります。

A・Aではこれを「ドライ・ドランク」といいますが、お酒をやめていても、以前の酔っぱらっていたときとおなじような考えかたや行動がしばらくつづくと考えなければなりません。

自助グループ参加のときのこころがけ

必要な心がけの知識

自助グループへの参加にさいし欠かせない心がけ

自分の対人関係のゆがみに気づくには、断酒会の集会で他人からそれを指摘されたり、あるいは新人の発言にかつての自分の姿をみる「ミラー効果」などが役に立ちます。

また、A・Aは12のステップで段階的に対人関係のゆがみを認識し、改善していくプログラムをもっています。お酒による性格のゆがみが消失して、まるで別人のようになったケースは多数あります。

うわべだけのきれいごとではなく、腹のなかを洗いざらい集合でぶちまけるという真剣なとりくみをする人にとって、集会はエンカウンター・グループ(集団心理療法のためのグループ)も及ばぬ効果をあげるのです。
また、依存症になるような人は、内気で、素面では文句のひとつもいえないような神経症的な傾向をもった人が多いものです。

こうした人が集合のなかで発言できるようになると、対人恐怖的な弱点が克服されて自信がつき、みるみるうちに明るくなります。このように、理性のはたらきが徐々に回復し、対人関係のゆがみが改善されるまでには、少なくとも1年間はかかります。本人にとってはあせらないことがとても大切ですし、家族にはその回復を温かく待つ忍耐が必要です。
また、そのあいだにストレスから再飲酒に走ったりしないように、抗酒剤を1年近くのみつづけたほうがよいでしょう。

断酒と生活上の注意

断酒をできる限り成功させるために

断酒成功のための生活上での注意

アルコール依存症の患者さんが命よりだいじなお酒を長期間断つためには、アルコールに依存してきたこれまでの生活態度をまるまる180度かえる決意が必要です。ことに、依存症の人には趣味のない人が多く、素面の時間をどうすごしたらよいかわからなくて悩むことが多いようです。これには

  1. いつもお酒を飲んでいたので、趣味を開発する時間がなかったケース
  2. もとは趣味をもっていたのに、お酒によって趣味から遠ざかっていったケース

の2種類があります。

もともと趣味のあった人はその趣味にもどればよいのですが、趣味のなかった人の場合、趣味や新しい生きがいをみつけさせる必要があります。

現代はストレス過剰の時代です。趣味やスポーツなどで毎日気分転換して、こころの復元力をつけないと、ふつうの人でもたちまちストレスから精神異常の水中に沈められてしまいます。

もともとアルコール依存症とは、消極的な発散法、つまり飲酒にたよりすぎ、それが仇になってついに精神病レベルのもっとも重い不適応をおこしたものです。

幸いに正常の状態に浮上できたら、こんどこそ「飲む、打つ、買う」の三道楽ではなく、その上のレベルの積極的な適応法で日ごろのストレスを発散してください。

そうしないと、また飲酒への逃避におちいってしまいます。「すまじきものは宮仕え」といいますが、たいていのサラリーマンは職場で欲求不満を味わわされるものです。そこで、サラリーマンは欲求不満によるストレス解消のために、積極的な適応法が必要なのです。

もっともよいのは、なにかをつくること、つまり創作・創造的活動です。銀行員にして作詞者であった小椋桂のような才能はないとしても、最近流行の自分史を書いたり、あるいは短歌や俳句をひねる手もあるでしょう。

娘のつかい古しのピアノで作曲すれば、あんがいヒット曲ができるかもしれません。目と指をよくつかう画家は、高齢になっても活躍している人が多く、「日曜画家」をめざせば、ふだんから脳の老化防止を行っていることにもなります。

創作的活動は、このように「自己実現欲求」をおおいに満足させますが、それにつぐものは趣味やスポーツです。会社の帰りに会員制の高級スポーツクラブにたちよる余裕はなくとも、帰宅して畳の間で愛用の釣竿を伸ばして目を閉じれば、渓流のせせらぎがまぶたに浮かぶなど、ちょっとした時間とくふうで気分転換はできるものです。

雨が降れば庭でクラブは振れませんから、碁や将棋などの室内遊戯をたしなむのもよいでしょう。若いころに修行をつんで上達しておけば、プロ棋士とまではいかなくても、盤上でちょっぴり自己を実現する芸の境地を味わうこともできます。

よい趣味をもつことは将来のボケ防止にも役立ちます。そこで、戸外と室内2つの趣味をもち、同時に頭脳系と筋肉系をくみあわせるなどバラエティーに富んだ趣味をもつのがベストなのです。

また毎日の気ばらしだけでなく、週末のテニスやバードウォッチングなどのほか、盆や正月には大旅行にでかけるなどのふんぎりも必要です。

治療 アル本人が酒をやめれば100%治ることが大前提

アルコール依存症の治療の問題点

治療を行うあたっての問題点

アルコール依存症の治療が難しいといわれる理由

精神病には、アルコール依存症のようにからだの外からはいってくる化学物質によっておかしくなる外因精神病と、たぶんに素質などがかかわっている分裂病などの内因精神病とがあります。

そのなかで、アルコール依存症ほど原因と治療法の明らかな病気はありません。なぜなら、アルコール依存症をひきおこしたお酒を本人が飲まないようにすれば、それだけでいっさいが解決するからです。しかし、これぐらいかんたんでありながら、しかもむずかしい治療はない、ともいえます。

なぜなら、自動販売機でお酒はいつでも手にはいるからです。どんなに苦労して治療しても、アルコール依存症の方々が、1滴でもお酒をまた口にすれば、それまでの断酒は水泡に帰し、ずるずると飲みつづけて精神病院に再入院することになってしまいます。

アルコール依存症では、いわば四六時中、一瞬も気の抜けぬ自分の欲望との戦いが一生続くのです。「禁煙」と貼り紙して、3日ももたずタバコを手にする人はたくさんいますが、これとおなじで、生涯にわたって禁酒をつづけられる人は少ないのです。
飲めば死ぬとわかっていながら、その酒がやめられずに死んでいった方は、たくさんいます。もっとも、禁断症状などの急性期の医学的治療は進歩しており、医師の管理のもとにじょうずにお酒を離脱できるようにはなっています。

しかし、慢性期のアルコール依存症のアフターケアや精神療法、社会療法には、障害がまだたくさんあり、これがアルコール依存症の治療をむずかしくしています。

急性期の治療

急性期=禁断期

急性期の治療はどのように行われるか

病跡学という学問によれば、エドガー・アラン・ポーは、場末の酒場で禁断症状をおこして死亡したことがわかっています。
また、禁断期にははげしい興奮がおこるので、かつては精神病院の保護室に収容しなければなりませんでした。禁断症状の代表である「振戦せんもう」は重い症状をあらわし、古い精神科の教科書をみると、その死亡率は305にも達すると書かれています。

しかし、この恐ろしい禁断症状に、抗不安剤であるジアゼパムやニトラゼパムが特効的に効くことがわかってきてから、急性期の治療はかくだんに容易になりました。

日本国内初のアルコール専門病棟には、以前はこの禁断症状のための保護室がいくつかつくられていました。しかし、当時ちょうど開発されたばかりのジアゼパムの注射を新入院の階に行ったところ、禁断症状をおこす人は1人もいなくなって、保護室は入院中に飲酒した方の反省室などに転用されることになりました。

またかつては、虫垂炎の手術で入院した方などが、急に断酒することになった結果、手術後1~2日めから禁断症状をおこして大騒ぎし、精神病院に転院することも多かったものです。

最近では外科医のほうでも心得てきて、大酒家にはあらかじめジアゼパムやこトラゼパムをのんでもらっておくので、禁断症状はまったくおこらないか、万-おこっても軽くてすみ、外科病棟で十分管理できるようになりました。

禁断症状がおこった場合の治療は、入院当初の3~4日間はジアゼパム(ホリゾン、セルシン) 30mgを3回に分けてのんでもらい、また就寝前にはニトラゼパム20mgをのんでもらいます。体力の弱っている方やお年寄りには、状態をみながら2分の1~3分の1の量に加減します。

くすりをのめない場合は、点滴にセルシンの注射薬を混ぜます。これでせんもうの生じやすい離脱初期をうまくやりすごせたら、徐々にくすりを減らしながら禁断期とそれにつづく刺激期までくすりをつづけます。

禁断期の治療が安全になった原因は、この特効薬のほかに、点滴によって禁断期の脱水症状や電解質バランスのくずれを容易に調節できるようになったこともあげられます。

刺激期の治療

急性期を乗り越えると

また飲みはじめてしまう人とやめられる人とは、どこで分かれる

禁断期が1~2週間で終わったあとの入院1ヶ月後まで、ほとんどの人が不眠を訴え、いらいらして怒りつぽくなり、しまいにはくすりや注射、または外出を要求して落ちつきません。
これを「刺激期」といい、看護師をこまらせます。この刺激期は薬物依存症の方の特徴で、からだがまだアルコールを要求している時期であることを意味しています。

この時期に医師が根負けして外出許可をだしてしまうと、100%外でまたお酒を飲んでしまいます。その結果、またふり出しの禁断療法からやりなおしたり、そのまま事故退院になってしまいます。

この時期には、精神安定剤を適当にのんでもらいながら、要求を適当に受け流さなくてはいけません。医師はアルコール依存症の方の体内を身体依存の嵐が通りすぎるまで、忍耐強く待つのです。

刺激期をすぎると、人がわりしたかのように落ちついておとなしくなります。そこで、これまでの飲酒について反省させて、精神療法に導入したり、また、抗酒剤をのむための動機づけを行ったり、退院後につながるアフターケアへとつなげていきます。

入院治療と家庭治療の分岐点

入院して治療すべきかどうかの判断、自宅でも可能か?

入院治療家庭での治療はどこで判断すればいいか

ジアゼパムなど禁断症状を抑える特効薬があらわれたので、禁断症状をおこす可能性があっても、薬を服用しながら家庭で治療をつづけることも可能になりました。

ただし、これは、専門医の指導があって、十分に目がとどくという条件つきであり、さらに本人の断酒の決意が固く、かつ体力もあり、四六時中看護する家族がいて、いざというときには近くの開業医の協力もえられるという条件も満たされなくてはなりません。

体力が弱っていたり、内臓の病気があったり、また誘惑にまけて飲む可能性のある人は、専門病院に入院して酒を断ったほうが無難です。

アルコールが切れないように酒びんをかかえこんでいるような身体依存の段階は、やめようと思ってもからだがかつてに酒を要求している状態なのですから。それに、元気そうにみえても、日時や場所の感覚がおかしかったり、意識がすこしくもっていて、また足がとられて歩けないような人は、この禁断期に急死することがあるのです。

とにかく、アルコール依存症の方は、自分の体力の限界まで飲みつづけるので、禁断期にはなにがおこるか予測できません。つい誘惑にまけて酒びたりになって、原因不明の急死をとげた断酒会員の事例も決して少なくはないのです。

いまは共働きの女性も多く、四六時中看護してくれる家族はなかなかいません。また、まさかのときに往診してぐれる開業医も少なくなってきました。ですから、家庭で禁断期を乗りきるのは条件的になかなかむずかしくなってきています。家庭で治療できるケースは希だと思っていて間違いありません。

抗酒剤の処方

抗酒剤のもらい方

抗酒剤でそのうちお酒がきらいになるか

抗酒剤(シアナマイド)をのむと、そのあとしばらくお酒を飲めない状態にはなります。したがって、物理的に酒を飲めなくする抗酒剤だけの治療では、とうぜんのことながら限界があります。

酒をきらいにするくすりではないので、本人が薬をやめればすぐに酒が飲めるからだにもどるからです。

アルコール依存症の方は、はじめはきちんとシアナマイドをのんでいても、しばらくたつといろいろな理由をもうけて、この薬をのまなくなります。

酒飲みは、酒を飲めるからだにしておかないと、なんとなくさびしいのでしょう。そして、週1回の「飲酒日」を家族に認めさせ、やがてその週1日が2日になり3日になって、再入院になるケースが多いのです。抗酒剤だけの治療で、5年後も酒をやめていた人は、わずかに数%です。
抗酒剤のその惨たんたる成績は夢のくすりにたいする幻滅をうみ、アルコール依存症は精神科治療の対象にはならないという誤解が生じました。

こうして昭和30年代後半アルコール病棟で新しい治療法を創設するまで、病棟のお荷物的存在のアルコール依存症と精神科医との不幸な対立関係がつづいていました。

考えてみると、アルコール依存症は、もともとこころの病気です。物理的に酒を飲めなくする抗酒剤はあくまで補助手段であって、本人がきっぱり酒をあきらめる決心をつけ、その勤機づけを長つづきさせる心理療法が基本になります。

アルコール依存症治療の入り口

家族療法と集団療法

アルコール依存症の治療のすすめられかた

アルコール依存症の治療は、患者の奥さんがまずパニック状態になって来院し、危機介入のかたちで家族療法からはじまることが多いものです。

そして、本人への治療の動機づけを、親戚や友人、上司、ケースワーカー、断酒会員と手をかえ品をかえて行い、外来で断酒できない場合には入院にまでもっていきます。
この場合、非指示的な手法が通用するはずはなく、臨機応変で指示的な手法が必要となります。

無事、本人を入院させてからも、こじれきった家族関係の調整や修復、治療への家族ぐるみの協力体制の確立などを本人の退院までにすませておく必要があります。

また本人については、飲酒に逃避し社会的不適応になっていた自分の問題点を入院中に十分に内省させ、整理させておかねばなりません。つまり、アルゴール症の治鮮は家族ぐるみの治療であり、場合によってはいろいろな精神療法のテクニックをつかい分ける柔軟な対応が必要とされます。

このため、精神療法では限界があります。精神分析が有効なアルコール依存症はわずか6.7% にすぎず、それも社会的に高い階層の人ににかぎられるといいます。
このように、分析医からもカウンセラーからも見放されたアメリカのアルコール依存症の患者さんが自らはじめたのがA・A (アルコホーリクス・アノニマス))でした。

アルコール依存症の集団療法は、A・Aを参考にまず精神病院内のグループ療法として手さぐりではじめられた歴史をもっているのです。もちろん、アルコール依存症の精神療法は、はじめ個別に行う必要があります。

しかし、断酒をつづけるための意志の強化、自己の性格傾向への内省、家族教育もふくめて、集団療法が個別療法よりもさらに効果的であることが経験的に明らかとなってきました。

アメリカの精神科医の77% がA・Aに治療を委託しており、わが国にあっても、断酒会は1979年から国の酒害相談事業にとりあげられるまでになりました。

入院によるアルコール依存症の治療

入院治療によるアルコール依存症の治療

入院した場合、どのような治療が行われるか

アルコール依存症の治療はかなり以前から入院中心で行われてきたにもかかわらず、禁断期後の方の精神面については、アルコール依存症=性格異常との考えからなんのはたらきかけも行われず、それが医師・患者関係の相互不信の不幸な歴史をつくってきました。

アルコール依存症は精神療法が可能であり、治療できる精神科の病気であることが認識されたのは、1963年にわが国ではじめてのアルコール専門病棟として設立された国立療養所久里浜病院で、のちに久里浜方式とよばれて全国のアルコール病院のよきモデルとなり、斬新・画期的な入院方式が実施されてからです。

それまで鉄格子のついた精神病棟に分裂病の方々とごっちゃに押しこめられていたアルコール依存症の方をアルコール治療専門の開放病棟に収容し、かつ外来の問診で入院の動機づけがあるものだけを3ヶ月という期間限定で入院させたのです。

この新方針は、十分な病気の自覚も入院の動機づけもないまま無期限に抑圧的環境にとじこめられていたアルコール依存症の方の積年の情感を解消し、治療者との信頼関係がはじめて樹立されたのです。

この方式では、禁断期から刺激期をへて落ちつくまで約1ヶ月かかるので、その後、2ヶ月のリハビリ期間をとることができます。このリハビリ期間は、作業療法を中心とした生活訓練の期間です。そのスケジュールは患者さんの自治活動にまかされました。

アルコール病棟ではいったいどんな治療が行われているのでしょうか?患者さんは朝6時に起こされ、夜9時の消灯までびっしりつまったスケジュールに追いまわされ、おまけに月1回、まさに「行軍」とよぶにふさわしいハードな遠足に参加させられます。

酒を飲んで自堕落な生活を送っていたアルコール依存症の方に、早寝早起きの健全な生活リズムを思いおこさせるのになによりの方法だったのです。
とくに、そのころの入院患者さんの多くが旧軍隊体験者であったこともあって、「行軍」ということばはまさにぴったりでした。

彼らは幼年学校出身の若き日の師にひきいられて、軍歌を歌いながら鷹取山を往復し、軍隊時代を思いだして新生活への再起を誓ったのです。

この「行軍」はとくに人気のあった行事で、退院してからもこの日に特別参加する人が少なくありませんでした。

彼らの多くは、いま各地の断酒会のリーダーとなっています。その後、アルコール専門病院がふえましたが、おもしろいことに、それらの病院でみな、この「行軍」という行事がそのままの名でとりいれられています。

入院治療や断酒会体験と軍隊体験とのもうひとつの共通性は、両者とも個人のそれまでの社会的経歴がまったく否定される、はだかの人間のつきあいである点です。軍隊では、大会社の社長もいったん兵営の門をくぐれば新兵として扱われ、いままであごでつかってきたような階層の古兵のいわれなきビンタをうけねばなりません。

おなじ酒害者の自助団体でも、アメリカ国民のドライなA・Aと、わが国のウエットな断酒会では雰囲気がまったく異なるのは、こうした合成立のいきさつも影響しているのでしょう。
このように、わが国はじめてのアルコール依存症センターで断酒会とのタイアップがはじまってから、アルコール依存症の治癒率がかくだんによくなってきました。国立療養所の約3割が、7年後も断酒をまもっていますし、同様の治療を行う病院の予後調査もおなじような成績を示しています。

アルコール依存症の外来治療

生活習慣病、ガンなどは早期発見、早期治療が重要です

アルコール依存症をもっと早期に発見して外来で治すことは可能か

抗酒剤をだしてくれる医療機関が少なくて会員がこまっていると問題になりました。そこで、1972年からアルコール外来をはじめることになりました。

当時はアルコール依存症に対する医師一般の理解がおくれていて、アルコール依存症の方を敬遠する精神病院も多かったのです。このアルコール外来には重症のアルコール依存症の方もやってきました。しかし、すぐに入院させてくれる病院はなかなかみつかりません。そこで、やむなく禁断症状がでているケースでも外来でジアゼパムなどをだしつづけているうちに、その禁断症状がなくなり、無事に断酒会に入会させることができた症例も数多く経験できました。

以来、アルコール依存症の治療において、まず外来治療を原則としています。入院させるのは体力が消耗していて禁断症状により生命の危険が予想される人、断酒の動機づけが甘くて入院による教育が必要な人、および家族に看護する余力がない人などにしぼっています。

このような方針をとると、従来なら入院のようなケースでも、約半数以上を外来だけで治療できるのです。重症例をふくむアルコール依存症患者のグループを外来で治療した結果、4年後にはその約30% が断酒に成功していることがわかりました。

ここで、当時のアルコール外来のようすを説明しておきましょう。当時の川崎駅周辺は、泥酔して道路で寝こんでいるアルコール依存症の人も多く、「酔っぱらいの入店お断り」の看板が目立つ土地柄でした。精神衛生センターは、その駅から2~3分のところにあったので、開設早々から大繁盛でした。

このセンターには小部屋がたくさんあったので、まずそのひとつを断酒会の事務所兼酒害相談室に提供しました。アルコール外来日には、そこに1日中断酒会の会長がつめて、相互にケースを紹介しあう方式にしました。

アルコール外来から断酒会に紹介したケースの患者さんの定着率がよかったのは、このソーシャルクラブ的機能が、はじめはとっつきにくい断酒会例会への触媒としてはたらいたためと考えています。最近、私は三年ぶりにアルコール外来を再開することになりましたが、現在の患者さんのなかにも、例会にはでないが、この談話室にだけは寄って話しこんでいくといぅケースがふえています。

アルコール依存症の治療においてもっともたいせつなのは、そこでくすりをもらうとともに、仲間にも今えるというソーシャルクラブ的機能をとりこんだ街中のアルコール・センターの存在と思われます。こんにちでは、当時にくらべてアルコール依存症の治療システムはかくだんに整備され、また関係者の理解もすすんできました。

現在、全国各地の保健所は、その地域のアルコール専門病院や断酒会やA・A の本部やその集会の情報をもっており、会とタイアップして相談にのっています。

最近は酒害相談も普及してきました。そこで、早期に専門的な治療をうけるケースがふえて、思いあまった妻子が酔いつぶれた患者をしめ殺すような、かつての悲劇はみられなくなりました。

また、断酒会員のなかにも、精神病院の入院経験のある重症者は少なくなってきています。しかし、その反面、比較的らくに酒をやめた新入会員は、苦労が少ないぶんだけ、また気軽にお酒を飲みはじめる傾向もあるようです。ともかく、酒飲みが好きな酒を一生のあいだやめつづけていくのは、たいへんな事業です。軽症のうちに、気軽に酒害相談に行かれることをおすすめします。

断酒会の具体的活動

依存症の患者の治療成功のカギとなる断酒会

主な活動内容

断酒会は、酒害者とその家族の自助組織であり、ソーシャルクラブ的な組織です。そのおもな活動は、定期的に開かれる「例会活動」と新規入会者にたいする「酒害相談活動」とに要約することができます。

例会活動

精神科医がまず注目したのは、すでに触れたように酒害者同士が定期的に集合をもつ「治療型集団」としての役割でした。
「同病相憐れむ」ということばではありませんが、アルコール依存症の酒害者だけが集合をもつと、いままで孤独で病と偏見とに苦しんでいたアルコール依存症の方に、まず仲間にうけいれられたという共感と安心感とがえられ、いままで抑えつけられていた情緒が開放されて精神的に安定します。

精神的余裕ができると、新人の患者の言動にかつての自分の姿をみる「ミラー効果」や、飲まねば口にだせなかったうっぶんを集合で話すという「カタルシス効果」などによって、自分の問題点にたいする自己洞察が生まれて、人格的に向上していきます。

すなわち、集会が自発的な集団療法の場になるのです。専門の治療者をおかない酒害者だけの等質集団であるため、かえって腹をわって討論ができ、また治療者への依存性が生じない利点もあります。
ここで、まだ断酒会の集会を見学したことのない方のために、集合のようすをざっと説明しておきましょう。

断酒会は発足当時は合貝も少なかったので、会員の自宅で行われる家庭例会が多かったようです。会員数がふえて行政や医療関係者が援助するようになってからは、集合は保健所の講堂や公会堂などの公的機関を借りて行われるようになり、集まる人数も多いところでは50~60人に近くなっています。日本の断酒会の形式はA・A とよく似ています。

高知の断酒新生会では、連鎖握手の前に「断酒の歌」を斉唱するなど、各地によって多少のバリエーションはありますが、全国各地の断酒会の集会の進行は、ほとんどおなじです。「心の誓い」や「断酒の誓い」は、わが国向きにアレンジしたつぎのような文句です。

断酒の誓い
  1. 私共は酒の魔力に捉われ、自力ではどうにもならなかったことを認めます。
  2. 私共は過去の非を悔悟し、今までに損ったすべての人々に及ぶ限りの償いをしたく願います。
  3. 私共は同病相憐れみお互いに助け合って酒癖を克服しっつ雄々しく新しい人生を建設します。
  4. 私共は過去の朋輩やその他酒癖に悩む人々を救い出すために、できるだけの篤志奉仕につとめます。
  5. 私共は宗教政見の異同を問わない同志の、自主的な互助団体として断酒会を守りぬきます。
心の誓い
  1. 私は断酒会に入会して酒を止めました。
  2. れからどんなことがあっても酒でうさを晴らしたり、卑怯な真似はいたしません。
  3. 私は今後、午後酒を飲みません。
  4. 多くの同志が酒を止めているのに、私が止められないはずはありません。
  5. 私も完全に酒を止めることができます。
  6. 私は心の奥底から酒を断つことを誓います。

こうした一連のセレモニーのあとに、会員間の自由な話し合いが行われるのが、断酒会やA・Aの集会です。

連鎖握手とは、全員が最後にまるくなって手をつなぎあい、「もっと賢く」「もっと堅く」「もっと真剣に」「やろう」「やろう」と一旬ずつ斉唱しながら、つないだ両手をふりあげて万歳の型をとり、全員の連帯感を強調する儀式です。

はじめて出席した見学者が、まずとまどうもののひとつです。見学者は一様に、断酒会の一種独特の雰囲気を述べます。この集会の形式は、各地の事情に合わせて、最後の連鎖握手の代わりに「心の誓い」の斉唱をもってくるなど、時とともに簡略化している傾向があります。

酒害相談活動

断酒会のもうひとつの重要な活動は、酒害相談活動です。これは、集会に参加することで酒をやめられた幸福を、おなじ酒害で悩む新人の相談にのることで分かちあたえていこうというボランティア活動です。

断酒会の先輩格であるA・Aもおなじ活動をやっていますが、いずれも宗教の布教活動とよく似た動機をもっています。しかしキリスト教圏に生まれたA・A の集合に、さかんにゴッドやハイヤー・パワーなど濃い宗教色がでるのはあたりまえとしても、わが国の断酒会では宗教をもちこまないというとりきめがあります。

断酒会とA・Aという2つのアルコール・グループの優秀な治療効果は、彼らの集合が集団療法的な場としての治療型集団であるのと同時に、その実践の場である酒害相談で「行動型集団」としての二重のはたらきをもつからです。
要は、ことばよりもまず「断酒道における実践」を重んじる集団です。

会に直確かあるいは保健所のケースワーカーを通しての新ケースの相談があれば、熱心な会員がたとえ夜間や休日でも患者さん宅を訪問して、緊急援助を行う場合があります。

アメリカのA・Aは、「命の電話」のように、パニックにおちいった患者さんがA ・A支部に電話をすると、ただちに会員がかけつける24時間制の緊急サービスをモットーにしています。

しかし、わが国の精神科の緊急医療システムはまだ未整備なので、アルコール依存症の患者さんにたいする緊急援助は断酒会も日本A・Aもまだ個人的段階で行われているにすぎません。

断酒会は、このほかにもいろいろな活動プログラムをもっています。ところで、断酒会のモットーである「実践」とは、断酒をまもるのはもちろんですが、会のさまざまな活動にきちんと参加することを意味しています。
所属する断酒会が開く集会には欠かさず出席し、酒害相談活動にも参加して新人への援助を行い、毎月のように企画される会の行事に積極的に参加することが強く求められます。

ときどき、新聞などで、断酒会が正月に1升ビンを割って断酒を誓う「酒なし新年会」の写真が報道されたりしますが、このほかにも、夏には家族連れの海水浴、秋には、はぶどう狩りのバス旅行、そしてクリスマスパーティーや除夜の鐘をきく合などと、毎月行事を切らさぬように企画係が知恵をしぼっている断酒会が多いのです。

そうした幹部のひとりは私に、「われわれはこうして終始なにかやっていることで、かろうじて酒をやめていることができるのです」言いました。彼の認めているとおり、活動型集団としての治療効果はきわめて大きいのでしょう。毎週のように開かれる集会が、治療型集団としてはたらいていることは、以上に述べたとおりです。

そして、その集合に出席することそのものが、断酒会でなによりも重んじられる実践行動なのです。

断酒会は活動型集団としての性格をもつので、集会や行事への参加がなかば強制されるなど、その集団の雰囲気は拘束的です。また命令的な会長や支部長が多く、参加者の地位関係は上下関係が強い軍隊的な一面をもっています。

しかし、なかば拘束的に出席させられた集会は、おたがいを認めあい、平等で自由に発言でき、会員の友好を強化する場なのです。
つまり、活動型集団の実践として集合への出席を強要すればするほど、集会において治療型集団としてのはたらきがよくなり、会員間の緊張や不満もなくなって集団の統一がすすむという、よいめぐりあわせが生まれるのです。

断酒会がこうした相補的な二重機能をもつ多機能集団であることが、その強力な治療効果の秘密ではないのでしょうか。

●全日本断酒連盟
URL:https://www.dansyu-renmei.or.jp/

自己診断

アルコール依存症の自己診断表

自分がアルコール依存症になっているのに自覚がない人が多い

自分でアルコール依存症かどうかを客観的に判断できる診断表

ある推計の調査で、日本には1日に清酒換算で5合以上のアルコールを週4日以上飲んでいる大量飲酒者が200万人以上もおり、その大半がアルコール依存症やアルコール依存症と考えられています。

しかし、毎日5合以上の酒を飲みながら、からだになにも異常がなく、きちんと会社に勤め、家庭にも特に波風の立たない、たんなる「大酒飲み」にすぎぬ人もいます。

このいわゆる「大酒飲み」と「アルコール依存症」とは、どこがちがうのでしょうか。相違点のひとつは、「大酒飲み」はいつでも酒がやめられるのに、「アルコール依存症」は、からだに悪いとわかっていてもどうしても酒がやめられないという、「酒に飲まれている」状態にあることでしょう。

しかし、これとて十分な説明ではありません。なぜなら、ある期間は1滴も飲まないのに、いったん飲みはじめると1週間から10日以上も飲みつづけ、ついには倒れてしまうという型のアルコール依存症があるからです。この「連続飲酒発作」こそアルコール存症の本質であると考えられています。

精神科医がその人をアルコール依存症と診断する基準は、きわめて社会的なものです。つまり、「朝から仕事を休んで酒を飲む」という状態がつづくようになれば、まず依存症であると考えてきたのです。しかし国によって飲酒の習慣はちがうため、この日本の定義は、日中から食事どきにワインを飲むフランスにはあてはまりません。

反対に、わが国を訪れた西欧の精神科医たちは、クリスマスイブの街頭でくりひろげられる酔態をみると、日本はなんとアルコール依存症の多い国かと驚きます。

つまりは、公共酩酊罪まである西欧社会と、酔っぱらい天国のわが国との飲酒文化のちがいがあるのでしょう。

神経症タイプ向きの自己診断表

自分がアルコール依存症かどうか心配なとき、自己診断をする方法はいくつかあります。たとえば、「アルコール依存症になりやすい性格」にもありますが、「アル中自己診断表」は、精神的な不適応から酒に逃避するタイプのアルコール依存症によくあてはまるスクリーニングテストです。

アル中自己診断表

  • 酒を飲んで仕事をさぼることがある
  • 飲ん家庭に波風が立つことがある
  • 飲んで人から不評をかう
  • 飲んだ後で深く公開する
  • 毎日、同じ時間に飲みたくなる
  • 飲まないと眠れない
  • 翌朝にまた飲みたくなる
  • 外でひとりでも飲む
  • 飲むと家庭のことに無関心になる
  • 酒が原因で経済的危機に陥ったことがある
  • おじけを除くために飲む
  • 自信をつけるために飲む
  • 不安から逃れるために飲む
  • 飲むと友人を見下したくなる
  • 飲むと仕事の能率がかなり低下する
  • 飲むと向上心がなくなってしまう
  • 飲んで完全に記憶を失ったことがある
  • 飲んで仕事上のミスをしたことがある
  • 飲んで医者にかかったことがある
  • 酒のために入院したことがある

アルコール依存症の場合、飲みたい一心から、自分がもう酒が飲めないからだになっていることをがんとして認めません。まして、自分が精神病院に入院しなくてはならないアルコール依存症だなどとは、死んでも認めようとしません。

事実、ある病院(アルコール依存症専門病院)のアルコール外来を受診する方の6割までもが、自分が依存症にかかっていることを否定します。

このように、家族につれられてしぶしぶ精神科医の前にあらわれるアルコール依存症の人の大半は、自分がアルコール依存症だとは思っていません。はなはだしいケースでは、過去に酒を断つために精神病院に入院したことがあり、おまけに幻覚などの禁断症状を経験した人でさ、え、自分がアルコール依存症であることをだんこ否定する場合があるのです。

したがって、アルコール依存症治療の第一歩は、本人にアルコール依存症であることを認めさせる「病識」をもってもらう作業からはじまるといえます。この病識をもってもらうために、「アル中自己診断表」にマルをつけてもらうのは、同時にアルコール依存症の理解をも探めるよい方法です。

あなたはどのくらいいくつマルがつくでしょうか。わが国にあてはめると、マルが4~6個つくと、アル中であるとされています。しかし、アルコール依存症の方は内輪に申告することが多く、本人は2つぐらいしかマルをつけません。この場合、つき添ってきた奥さんにつけてもらうと、10個以上もマルがつくという光景がよくみられます。
アルコール依存症の方んには謙虚な人が多いのです。

アルコール依存症スクリーニングテスト

以下の「アルコール依存症スクリーニングテスト」は、まずからだの症状から患者さんに接するようになっており、内科医側にもつかいやすいテストです。自己診断の評価などについては、以下を参考にしてください。

酒が原因で人間関係にヒビがはいった
  • はい(3.7)
  • いいえ(-1.1)
今日だけは飲むまいと思っても飲んでしまう
  • はい(3.2)
  • いいえ(-1.1)
周囲の人から大酒のみと避難された
  • はい(2.3)
  • いいえ(-0.8)
適量でやめようと思ってもつい酔いつぶれるまで飲んでしまう
  • はい(2.2)
  • いいえ(-0.7)
翌朝、前夜の記憶がところどころない
  • 時々ある(2.1)
  • いいえ(-0.7)
休日は朝から飲む
  • はい(1.7)
  • いいえ(-0.4)
二日酔いで欠勤したり、大事な約束を守らない
  • はい(1.5)
  • いいえ(-0.5)
糖尿病、肝臓病、心臓病と診断された
  • はい(1.2)
  • いいえ(-0.2)
酒がきれると、発汗、手の震え、イライラや不眠で苦しむ
  • はい(0.8)
  • いいえ(-0.2)
仕事上の必要で飲む
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.2)
酒を飲まないと傷つけないことが多い
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.1)
ほとんどの毎日清酒3合(ビールは大瓶3本)以上の晩酌をする
  • はい(0.5)
  • いいえ(0)
酒の失敗で警察沙汰になったことがある
  • はい(0.5)
  • いいえ(0)
酔うと怒りっぽくなる
  • はい(0.1)
  • いいえ(0)

点数診断

  • 2点以上(重篤問題飲酒群)
  • 2~0点(問題飲酒群)
  • 0~-5点(問題飲酒予備群)
  • ~-5点(正常飲酒群)

アルコール依存症のときの受診先

アル中自己診断表やアルコール依存症スクリーニングテストで自分がアルコール依存症だったときは

まずは内科医の受診でいいのか?

アルコール依存症の方は、ほとんどの場合、精神科医の外来にあらわれる前に、内科や外科の医師にかかっています。たしかに、アルコール性肝炎などの「からだのアル中」程度の人は、まず内科医や外科医によって「アルコール依存症」の断酒指導がうけられれば最適です。

しかし、酒飲みは自分の酒量を減らすことに強い抵抗があるので、「すこしならいいでしょう」といってくれる医師に会うまで、病院めぐりをする傾向があります。これではなんにもなりません。信頼できる医師をみつけたら、受診しつづけることを第一にしてください。

アルコール性肝硬変への第1段階は、肝細胞のなかにべったりと脂肪滴がつく「脂肪肝しですが、血清酵素検査のなかで慢性期に増量するγ・GTP活性の上昇がこの脂肪肝発生のよいめやすになります。

GOT、GPTが高い、さらに値が不安定ならシジミ(シジミの使用感、口コミ)
https://memodiary.wp.xdomain.jp/archives/320

健康な成人に実験的に、1日1.2升の大量の清酒を2日間、その半量の毎旦6合なら8日間つづけて飲ませると、脂肪肝が確実に生じます。
このとき、急性期に血中に増量するGOTは軽度に上昇しますが、もう1つのGPTは正常範囲のことが多いのです。しかし、2週間禁酒するとγ-G TP はほとんど正常値までもどります。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に
https://bloodvessel.biz/archives/113

もっとも、まだこの段階では肝細胞に脂肪滴が残っており、脂肪滴が完全に消えるにはなお数週を要するとされています。

酒飲みは、内心では肝機能の数値をいつも気にしています。そんな人にとって、このγ-GTP値の低下は断酒をつづけるうえでなによりのはげみになるようです。

この2週間の禁酒すらまもれないグループには、断酒会への参加や精神科医への受診をすすめているそうです。アルコール依存症がすすんで、しばしば問題行動をおこすようになったら、やはり手なれた精神科医を受診したほうがよいでしょう。

大量飲酒と問題行動の関係

お酒を毎日飲んでも問題行動がない人もいる

問題行動を起こさなくてもアルコール依存症に該当するのか

毎日5合以上の酒を飲んでいる人を「大量飲酒者」とよびますが、厚生労働省はこの大量飲酒者をアルコール依存症に近い存在とみなしています。

これにはちゃんとした根拠があるのです。禁断症状までおこして精神科医から「アルコール依存症」とのお墓付きをいただくには、さまざまな段階を通らなくてはなりません。

まず新入生コンパなどで生まれてはじめて酒を口にする「初飲期」から、毎週1回以上定期的にお酒を飲むようになる「習慣性飲酒期」を通り、さらに清酒換算で1日5合以上のお酒を週4日以上飲むようになる「大量飲酒期」をへて、アルコール依存症と診断されると「アル中双六」は上がりとなります。

厚生労働省が重視している「大量飲酒者」は、すでにアルコール依存症の方とかわらない問題行動の発生率を示していることがよくわかると思います。保健所に酒害相談にくるケースは、とうぜん、一般内科外来を受診するケースよりもこじれて手のかかる事例が多いわけです。これらのケースでは、警察に保護されるなどの社会的問題行動、無断欠勤などの職場的問題行動、家族解体につながる家庭的問題行動などのどれひとつをとっても、大量飲酒段階ですでにはっきりと表にあらわれています。

依存症であると診断された時期の問題行動とくらべて、その質も頻度もまったくかわらないことがおわかりいただけるでしょう。しかも、この大量飲酒段階からわずか4年以内に依存症に移行している事例が、4割弱もあるのです。大量飲酒の段階からほんものの依存症になるまでの期間は、思ったよりも早く、それをストップするのは専門の精神科医でもなかなかむずかしいのです。

これがまた、アルコール依存症の恐ろしいところです。ご質問の静かな大量飲酒者の場合でも、いつかは飲酒による欠勤などの職業的不適応をおこし、やがて家族への暴力などの家庭的問題行動や警察保護という社会的問題行動をしばしばくり返す依存症の患者さんへと変身していきます。
ついには家庭崩壊や失職にまでいたるのが、アルコール依存症の本質なのです。したがって、大量飲酒者で、問題行動が最近ふえてきた場合には、早めに専門の精神科医を受診してアルコール依存症の治療をはじめる必要がありますし、まだなにも問題行動がないとしても、将来を考えれば、お酒をひかえてもらうべきです。

飲んだときの脳

アルコール依存症のときの脳のはたらき

さまざまな都市伝説のようなものから正しい情報まで

アルコール依存症になると、脳がアルコールなしでは機能しなくなる?

「酒は百薬の長」というのは、あくまでも清酒1合程度の少量のお酒のときです。5合以上の大量飲酒になると、まさに「酒は万病のもと」になり、あらゆる成人病にかかって若死にすることになります。

「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」などと、数々の酒の名歌を残した若山牧水は、飲んで輿いたれば静かに和歌を吟ずる、まことによい酒飲みでした。

しかし、彼の酒量はかなりなもので、友人によると1日1升2合は常飲しており、胃潰瘍や肝硬変など多くの病気を併発して42歳で天折しました。

牧水のようにアルコール関連性成人病だけのものを、以前はアルコール依存症の予備軍と考えていました。しかし、これは決して予備軍ではなく、現役の「からだのアル中」だと考えるのが、新しいアルコール依存症の概念です。こうした静かな「からだのアル中」にたいして、はでな禁断症状をおこしたり、心理的・社会問題行動をおこして荒れる「脳のアル中」があります。

これは永年の飲酒によって大脳が障害されて、一時的なリバウンドである禁断症状から、やや長期の幻覚症へといたり、ついには、もとにもどらないアルコール痴呆までをおこします。

また、そのあいだには、人格低下状態によって、家族や職場などをトラブルにまきこみます。これが、アルコール依存症の最大の問題点なのです。

酒量がふえる「耐性獲得」から「心理的依存」の段階をへて、ついにはポケットウィスキーのかくし飲みをする、からだが酒をよぶ「身体的依存」の段階にいたると、中枢神経はアルコールなしにははたらけない状態になってしまいます。

このとき、アルコールを中断すると、とうぜん神経系がリバウンドをおこして一過性に過剰な興奮状態になります。これが俗にいう禁断症状で、学名を離脱症候群もしくは退薬症候群といいます。

アルコール依存症ができあがるまでの期間

恐ろしいアルコール依存症になるまではどのくらいの期間がかかるのでしょうか

身体的なアルコール依存症をおこすようになるまでの年月

アルコールを飲みはじめてから身体的依存をおこすまでの期間は、その飲みっぶや個人差があってさまざまです。また、時代的な背景も考えなくてはなりません。

たとえば、所得にくらべてお酒が高価であった3~40年前には、お酒を飲みほじめてから禁断症状をおこすまでに、少なくとも20年はかかると考えられていました。

それが、高度成長によってだれでもが酒をたっぶり飲める時代になって、たちまち40歳代で肝硬変で死亡する事例もでるようになりました。

そのころから、半分の10年で身体的依存になる人もあらわれるようになりました。その後、成人男性よりも酒に抵抗性の弱い未成年者や女性のアルコール依存症がふえてくるにしたがって、さらに、その半分の5年間で禁断症状をおこすことがわかってききした。

現在では、清酒換算で5合以上の大量のお酒を週5日以上のペースで5年間飲むと、りっばな禁断症状がおこるとされています。

男性のアルコール依存症の方は飲みはじめから入院まで平均20年かかっていたのに対し、女性の方は平均8年と、半分以下で「アル中双六」の上がりとなっていました。

最近は崩壊家庭などの女子中学生で典型的な禁断症状をおこす例がみられるといいますから、抵抗力の弱い未成年の女子では4年以下の短い期間で最終段階まですすむと考えられます。

この点で、未成年の飲酒を助長するCMや酒類自販機の設置は、日本の将来をあやうくする社会問題であるといわざるをえません。
毎晩のようにボトルをかかえ、飲まないと眠れなくなっているあなた。もし、急病で入院するようになったら、恐怖の幻覚が今夜にもあらわれるかもしれません。

禁断症状=振戦せんもう

典型的な禁断症である振戦せんもうについて

典型的な禁断症状

アメリカのビクターは多年にわたる観察から、禁断症状が4段階にしたがってあらわれることを明らかにしています。まず、断酒後7~8時間すると手のふるえ(振戦)と一過性の幻視があらわれ、つぎにてんかんとおなじ全身けいれん発作、ついで12時間後には幻聴があらわれます。
以上の3つを「小離脱症候群」といいますが、かならずしも3つそろってあらわれるとはかぎりません。小離脱期にけいれん発作をおこす人は4分の1にすぎないのです。禁断症状の中心は、断酒後3日めにあらわれて2~3日間つづく「振戦せんもう」とよばれる幻覚妄想状態です。この期の興奮はきわめて強いため、かつては精神病院の保護室に収容されて、禁断症状なのにアルコール精神病として分類されていました。

しかし、この2~3日間がすぎると、長時間死んだように熟睡し、目覚めるとおこりが落ちたようにまったくの正気にかえります。つまり、振戦せんもうは一過性の禁断症状にすぎないのです。次のような実例もあります。

振戦せんもう

53歳の工員です。30歳のときから毎晩3合以上の焼酎を飲んでいました。50歳のとき、肝障害をおこして入院しましたが、酒をやめませんでした。

ある日、来客があって大量の酒を飲み、その翌朝、めまいや嘔吐が強いので緊急入院しました。外来で診察中にとつぜんけいれん発作をおこし、すぐにCTスキャンをとりましたが、異常は認められませんでした。内科病棟に入院しましたが、その晩から一睡もできず、手指のふるえや発汗がひどい状態でした。

つぎの晩は看護室に釆て、「隣の部屋のベッドに青いドレスの女が寝ている」「こんなお化けのでる病室はかえてくれ」と要求しました。

翌日、医師が診察すると、「天井にアリがいっぱいむらがっている」と典型的な小動物幻視を訴えました。このように、虫や蛇、小人などの小動物幻視の多いのがこの時期の特徴なのです。

あらかじめジアゼパム(ホリゾン、セルシン) を30mg程度あたえておくと、こうした禁断症状を防止できることが多いようです。

しかし、このケースのようにいったん禁断症状をおこしてしまうと、くすりをもちいてもあまり効きめはありません。この方は、つぎの晩もおちつきがなく、「表に迎えの車がきているから」と病棟からでようとしたため、当直医がかけつけてイソミタールの静脈注射で眠ってもらいました。注射後15時間熟睡し、目覚めたあとはまったくの正気にかえりました。

あとで聞いてみると、その晩は病室全体が大きな窓にみえて、表で機動隊の車が待っている、なにも悪いことをしていないのに、どうしてつれにきたのか不安で、それになんども注射をされるので殺されると思い、必死で抵抗したのだという話しでした。

禁断症状=アルコール幻覚症

幻覚症という禁断症状

幻覚症という症状について

振戦せんもうは、活発な幻視が主体です。これにたいして、幻視はおこらずに、自分を脅かす声やドラムの音などの幻聴がおもな症状で、しかも経過のやや長い「アルコール幻覚症」が、まれにおこります。

幻覚の事例

52歳の調理師です。従軍して中国酒を覚え、終戦後は焼酎、ウィスキーなど約4合分を約20年間飲みつづけていました。

8年前から糖尿病や肝臓の障害で入退院をくり返していますが、最近はやけ気味でウィスキーのボトル1本を毎日飲んでいました。

ある日の帰宅後、いつものように飲んでしばらく眠りましたが、とつぜん愛国行進曲が耳もとで聞こえ、軍靴を踏みならすザクザクという音が遠くなったり近くなったりするので目が覚めました。

耳がガンガン鳴るのをがまんして眠ろうとすると、また行進曲と軍靴の音が聞こえます。そのうちに「オーイ」と戦友のよぶ声がし、「どうした!」と彼によびかけてきました。あまりはっきり聞こえるので、だれかが家の外で自分をねらっていると思い、竹刀をもってドアを開けましたが、だれもいませんでした。そこに妻が帰ってきて大のようすにおどろき、精神病院に入院となりました。

アルコール・パラノイアとアルコール性痴呆

脳が慢性的に障害されると

具体的に起きる症状

脳がアルコールによって慢性的に障害されると、さまざまなこころの症状があらわれてきます。その代表はアルコール・パラノイアとアルコール性痴呆の一種であるコルサコフ精神病です。

アルコール・パラノイア
いままでの事例はいずれも急性期に出現するものでした。これにたいして、慢性化して妄想状態を示すようになったものをアルコール・パラノイアといいます。しかし、アルコールによる妄想の内容ではなぜか嫉妬妄想が圧倒的に多いので、むかしから「酒客嫉妬妄想」とよばれてきました。
アルコール依存症になぜ嫉妬妄想が多いのかについては、いろいろな学説があって議論が定まっていません。単純に考えると、アルコール依存症にはインポテンツが多いので、妻が浮気をしているという疑いをもちやすくなるからではないかと説明されてきましたが、最近の学説を読んでみると、もっと深遠な論理によって理解されるべきもののようです。
アルコール・パラノイアの事例
58歳の工員の方です。20年来の飲酒歴があります。1年前から妻が浮気をしているといいだし、ついに包丁をもって妻を追いかけるようになり、警察に保護されて受診しました。「いい年をして恥ずかしい話です」とはいいますが、問診してみると、「火のないところには煙はたたぬ。妻は10人も二〇人もの男の相手をしている。会社の同僚とも通じていて、連絡をとりあっているから」といって、出社もしないで電話番をしているとのこと。「近所の人も妻の浮気を知っていて、うわさになっています」と、嫉妬妄想のことになると、まったく自分が病気であるという意識がありませんでした。
アルコール性痴呆
アルコールによって脳細胞の脱水や脂肪分の溶解がおこるため、お酒を長く飲みつづけると脳細胞がこわれて脳萎縮がみられます。
そのため、いろいろな程度の痴呆がおこってきますが、コルサコフ精神病とよばれる特殊な型をとることが多いとされています。
コルサコフ状態とは、記憶力が極端に悪くなり、時間や空間への認識(見当識)がなくなり、これに作話症がくわわった痴呆状態のことです。狂犬病ワクチンの副作用によってコルサコフ状態になったものと鑑定されています。
コルサコフ精神病の事例
53歳の職人の方です。20年以上、毎日ウィスキーを半本飲んでいました。45歳ですい炎、49歳で胃潰瘍の手術をうけています。
手術後動けなくなり、妻が勤めにでると、それをいいことに食事もろくにとらず、酒びたりの生活になりました。家で数回倒れたこともありますが、放置されていたようです。

ある日、妻の旅行中に大量のお酒を飲みました。妻が帰宅した翌朝に、床の上に座ってなにか虚空にあるものをつかむようなそぶりをし、よびかけても返事をしないので緊急入院となりました。すぐに点滴などの治療をうけ、あらかじめジアゼパムの投与を行ったので離脱症候群はおこりませんでした。

入院後1ヶ月たち、歩けるようになりましたが、トイレに行くと方向がわからなくなり、自分の部屋へ帰れず、すましたばかりの食事をまた催促するなど異常行動が目立つようになりました。
診察してみると、日時や場所についての見当識がまったくありません。忘れないよぅにと、自分の病室の番号をマジック・インクで手のひらに書いていました。付き添っている娘の名前をたずねると、妻の名前を答えます。CTスキャンでは脳萎縮が明らかでした。検査室から自分の病室へ帰り、ベッドの自分の名札をみると「同姓同名の人がいるんですね」などといいます。この痴呆状態は3ヶ月以上たってもまったくよくなりませんでした。

アルコール性痴呆と健忘症のなりたち

お酒の飲み過ぎで家族に迷惑をかける健忘症や痴呆

健忘症や痴呆的な症状の原因

ヒトの記憶には、側頭葉の海馬や視床、脳幹の乳頭体をむすぶ「記憶のサーキット」が深くかかわっています。ろくに食事もとらずに飲みつづけていると、神経の栄養剤であるビタミンB1類が大量に消費されて、脳幹の乳頭体が障害をうけ、健忘症候群をおこすのです。大量のビタミンB1をふくむ点滴などの手当てを行いますが、意識までがおかしくなるウェルニッケ型脳炎をおこすと、命は助かっても記憶障害はもとにもどらず、廃人になることが多いのです。

大量飲酒と脳の萎縮

重症な脳の異常

重症の痴呆は例外的に自分には関係ないと思っていると…

「そんな重症の痴呆など、ふつうの酒飲みの自分には関係ない」と思っているあなた。アルコール痴呆はいつの間にかあなたにもしのびよっています。

コルサコフ型痴呆は、むちゃ飲みで脳が栄養障害をおこしたものです。アルコールはもともと脂肪となじみやすい麻酔剤で、それに脳細胞はほとんどが脂肪でできている臓器です。

ですから、毎日の飲酒でアルコールは直接あなたの大脳に浸みこんでいるのです。それに、二日酔いのときの割れるよ、つな頭痛は、アルコールの浸透圧によって脳細胞内の結合水が60%も失われて、脳がちょうど梅酒のなかの梅の実のようにしわしわに縮んだ状態からおこるものなのです。

もちろん、翌朝の水分の補給で脳の脱水は回復しますが、こうした大酒をくり返しているアルコール依存症の方のCTをとってみると、非飲酒群よりも年齢にくらべて脳萎縮をおこす率が明らかに高いことがわかっています。しかもその萎縮は、意志や判断の座とされる前頭葉においてはなはだしいのです。

アルコール依存症の方のなかには、意志が弱くて根気がなく、その場まかせで、モラルにとぼしく、判断力にかける浅薄な人格に低下している人がいます。しかし、彼らはへんなところにがんこで、自分の病気や欠点をガンとして認めないことが多いのです。この前頭葉症候群がまた、お酒を断つのをむずかしくしているといえるでしょう。

アルコール依存症と病気の意識

アルコール依存症の方は多くが病気という自覚がない

病気だという意識がかなり低い理由

ある工事会社の例です。この会社の社員は仕事柄どうしてもつき合い酒が多く、毎年の定期検診で飲酒関連成人病の指摘をうけながら、いっこうに酒をひかえない職員がたくさんいました。

そこで、そのうちのとくにひどい32名について飲酒態度調査を行いました。この会社は、従業員数1162人で、毎年1割以上が肝障害などの飲酒関連成人病にかかっているとの数値がでています。
彼ら32名はそのなかでもお酒の猛者でした。

細かい点は抜きにしても毎年、健診データをもとに産業医から成人病の指導をうけていながら、自分がアルコール関連の成人病にかかっているという意識がない人が多い点におどろかされます。
とくに尿糖や血糖値などの成績から糖尿病になっていることが明らかな2名は、そろって自分を糖尿病患者だと認識していないほどでした。しかし、それらの人たちも、自分以外の一般知識として飲酒と糖尿病とのかかわりを問ぅアンケートにたいして、そのかかわりを認める人は16.9% いました。

つまり、一般的常識として飲酒と成人病のかかわりをすこしは認識していますが、自分のかかっている成人病がじつは酒のせいだとわかっている人は意外に少ないのです。
これでは知人の産業医の指導がさっぱり効果を上げないはずです。

その理由は、この人たちが「酒がからだに悪いことは知っている。しかしおれはまだそこまではいっていない」と飲酒関連の成人病を自分自身の問題として認めていないこと、つまり精神分析理論をかりれば、「認識したくない」という幼児的な「否認」の心的防衛機制がはたらいているからでしょう。

このように、アルコール依存症の方が自分の病気をがんこに否定するのは、判断の座である前頭葉のはたらきがアルコールによって長いあいだ麻酔されつづけたあげく、すっかり弱くなってしまったからでしょう。

実際、体力がおとろえてくる45歳をすぎると、5歳きざみで成人病罹患率が急上昇してきます。とくに、定年前の55歳以上のグループでは、成人病をもつグループがじつに4割以上を占めています。

つまり、体力がおちても酒をひかえないでいると、これらのグループのように成人病をいくつもかかえて、週のなかばに休みをとりながら、やっとのことで勤務する状態になるのです。

定年前に死亡した事例も少なくありません。おたがいに寝たきりと恍惚の人にはなりたくないものです。むちゃ飲みをしていると、いちばんだいじな脳が萎縮して、ついには廃人になるという恐ろしいことになります。

飲みだすと食事もとらずにひたすら飲みつづけ、「酒飲みの美学」に殉じようとするあなた。その「美学」こそ、コルサコフ型痴呆へのなによりの近道となるのです。

飲み過ぎが原因の病気

からだの病気をおこしやすい飲みかた

お酒は飲み過ぎると必ず体に異常をきたして病気になります。

特に病気になりやすい飲み方

若いころには一升酒を飲んだ翌日もケロリとしていた酒豪でも、体力に限界を感じはじめる40代後半になると肝臓の解毒能力がおちて翌朝に酒気が残るようになります。

そのまま酒量を落とさずに飲みつづけていると、全身の内臓がいたんできて、いろいろな成人病をおこしてきます。「アルコール依存症」はこうしてできあがるのです。もともとアルコール依存症であった人たちの断酒会に出席してみると、60代かなと思った人が、聞いてみると40代といわれておどろくことがあります。

長年の酒毒によってあらゆる内臓がやられているために、アルコール依存症の人にはほんとうの年よりも老けてみえる人が多いのです。
20代から一升酒を飲みつづけた結果、ありとあらゆる成人病をおこし、まるで70~80代のお年寄りのような顔つきになって死亡した事例もあります。

では、どんな飲みかたがからだに悪い飲みかたなのでしょうか。

「肴はあぶったイカでいい♪」と歌う演歌がありましたが、肴にうるさい酒飲みは伝統的な酒飲みの美学から外れるようです。
「上戸」とよばれるほどの酒飲みは、肴は目でたのしむだけで、決してハシをつけず、ひたすらお酒だけを飲むといいます。かろうじて許される肴は小皿にもったネギに味噌という「ネギ・ミソ派」のみが、「上戸」とよばれるに値するものでした。

こういう飲みかたをすると、早く酔えることはたしかです。酒が途方も亡く高価だった時代に、少量の酒で酔っぱらうための庶民の知恵だったのでしょうか。しかし、こうした酒飲みの美学に忠実な飲みかたは、じつはからだにもっとも悪いのです。

お酒と内臓の病気

消化器系は最初にお酒を通過するのでダメージを受けやすくなります。

最初にやられてしまう臓器

まず害をうけるのが、アルコールが通過していく消化器系です。からっぼの胃にウィスキーや焼酎などの濃い酒を流しこむ飲みかたをつづけていると、急性胃炎から胃潰瘍になっていきます。もっとも、お酒を最初に流しこまれる食道のほうがまっさきに被害をうけるので、アルコール依存症の人には食道がんが多いともいわれています。

食道ガン「リンパ節転移の触診が治癒を大きく左右する」 | 健康メモ
https://health-memo.com/2016/06/28/%e9%a3%9f%e9%81%93%e3%82%ac%e3%83%b3%e3%80%8c%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%91%e7%af%80%e8%bb%a2%e7%a7%bb%e3%81%ae%e8%a7%a6%e8%a8%ba%e3%81%8c%e6%b2%bb%e7%99%92%e3%82%92%e5%a4%a7%e3%81%8d%e3%81%8f%e5%b7%a6/

アルコールは皮膚につけてもじリヒリします。デリケートな食道や胃の粘膜を毎日これで消毒している理屈ですから、胃袋が反乱をおこすのももっともでしょう。
二日酔いのムカムカも、飲みすぎによる急性胃炎の症状によることが多いのです。

イヌに20% 以上のアルコールを飲ませていると、急性胃炎からやがて胃潰瘍をおこすという動物実験もあります。

一升酒を飲む方は、胃切除をうける人が多いのですが、胃袋をとってしまうと濃度の高いアルコール分が吸収のよい小腸に直接いく結果になるので、酒がいっそうよく効くことになります。

「酒のために胃を悪くした。悪いところはみなとった。だから酒を飲んでもいい」という奇妙な三段論法を駆使して、胃切除後も酒を飲みつづけると、残胃がんにかかって若くして亡くなってしまいます。こうして天国に召されないまでも、胃切除をうけてから5年ぐらいのうちに「アル中双六」の上がりとなって、入院する方がいます。

最近は内視鏡が発達しているので、食道から胃・十二指腸までのアルコールによる病気の状態がひと目でわかるようになっています。

ルコール依存症における内視鏡異常所見のうちわけ
  • 食道静脈瘤(22%)
  • 食道ガン(2.3%)
  • マロリー・ワイス症候群(2.3%)
  • マ食道裂孔ヘルニア(2.3%)
  • 急性胃炎(11.6%)
  • 出血性びらん(9.3%)
  • 慢性胃炎(7.0%)
  • 胃潰瘍(23.3%)
  • 多発性胃潰瘍(10.4%)
  • 十二指腸潰瘍(11.6%)
  • 多発性十二指腸潰瘍(3.4%)

肝硬変による食道静脈瘤が高い割合であるのはべつにしても、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などがおこる割合は、一般人間ドックなどでの成績にくらべてやはり高い傾向です。

このなかで、マロリー・ワイス症候群とは、嘔吐などで急に腹圧が上昇したときに胃の噴門部に裂けめができて血を吐く病気で、食道静脈瘤の破裂とまぎらわしいものです。まれですが、重要な病気です。

症状は、嘔吐がつづいた4~12時間後に、しゃっくりやせきとともに吐血がおこります。診断は、内視鏡検査で噴門部の裂けめと出血とを確認することです。

そのまま禁酒、禁食にして点滴をしながら安静をまもれば回復しますが、ショックをおこしたときには噴門部を切りとる手術になります。大酒のあとで胃の腑が裏返しになるような苦しい嘔吐がとまらず、おまけにしつこいしゃっくりやいやなせきがでてきたら、そろそろ手術の覚悟をしたほうがよいでしょう。

お酒と肝臓の病気

お酒=肝臓の病気というほど肝臓の病気はお酒と深い関係にあります。

肝臓に影響のある病気

割りバシの塩をなめなめ、ひたすらお酒だけを飲む究極の「上戸」がいましたが、こうした飲み方をすると肝硬変になる確率が非常に高くなります。

肝硬変の内科的療法としては、高たんばく、高カロリー、高ビタミンをあたえる食事療法が有名です。美空ひばりが急逝したのは、あやしげな外国人の「断食療法」を信奉したためでした。

「肝臓食」の食事療法を考案したコロンビア大学の2人の学者は、肝硬変になるのはアルコールのもともとの毒よりも、酒の飲みかたによる栄養障害の結果にすぎないという説をたてています。

したがって、水原弘や石原裕次郎などの「酒飲みの美学」を満足させる豪快な飲みかたは、まるで肝硬変になるのを志願しているようなものといえるのです。

ここで、酒と肝臓との関係についてです。体内にはいったアルコール分は肝臓で分解されて体外にでていきます。

体重60kgの平均的な日本人が1時間で分解できるアルコールの量は6.6gでした。これは清酒50ml(ウィスキーでは20ml、、ビールでは180ml)に相当します。

400ml(二合余)の清酒が体内から完全に消えてしまうには、長めに見積もると8時間を要することになります。この倍量、すなわち4合以上を飲めば、アルコール分は当然、翌日まで残る計算になります。5合以上の酒を毎日のように飲む大量飲酒者は、肝臓にいつもかなりの負担をかけつづけていることになるのです。

その証拠に、まだ自覚症状のない大量飲酒者にGOTやγ-GTPなどの肝機能の血液検査を行うと、その八削が肝臓障害に相当する異常値を示すということです。

このような大量飲酒をつづけていると、まず肝細胞のなかに脂肪が沈着する「脂肪肝」がおこり、ついで食欲不振、嘔吐、黄疸、発熱をともなう「アルコール性肝炎」になります。それでもこりずに飲んでいると、だいじな肝細胞がすっかりこわれてガラス様線維におきかわり、ついにはやわらかだった肝臓は縮んでコチコチになり、血液さえ通さぬ、瘢痕と化した「肝硬変」になるのです。

日本の肝硬変は、C型肝炎から進行するケースが多いのですが、純粋にアルコールだけからの肝硬変は3割近く、C型肝炎からなったと考えられた群にも大量飲酒者が圧倒的に多いのが事実です。また、アルコール病棟に入院してくる方の約3割が肝硬変にかかっているのです。

このように、アルコールは肝硬変の危険因子の最たるもので、脂肪肝になった人があいかわらず大量飲酒をつづけた場合、その3分の2までが肝硬変にすすむという統計さえあります。

肝臓は重要なはたらきをいくつももっています。胃腸から吸収された食べものから、たんばく質、脂肪、糖質の三大栄養素の合成を行っています。なかでも人の活力のもとである血糖の生産・調整を行うので、肝臓を悪くすると全身がだるく、疲れやすいのです。

このほかに、肝臓は胆汁の生産、造血、止血などの役目ももち、からだ中の解毒を一手にひきうけています。アルコールもまた毒物のひとつで、肝臓で分解されています。
だから健康な肝細胞が半分に減ると、その分解能力もとうぜん2分の1になります。長年の飲酒で肝臓をいためてからも、5合の酒を飲むとすれば、丈夫なときの1升に相当します。怖いことです。

また肝臓は、胃腸の血管から吸収された栄養物を運び、心臓へと返す「門脈系」という静脈血の大道路になっています。その中心の肝臓が縮んでコチコチになり、血液を通さなくなれば、胃腸から肝臓に集まってきた静脈血は、腹壁や胃や食道などの細い静脈をむりやり押しひろげて心臓にもどろうとします。そのため食道に静脈瘡をつくったり、また静脈血のとどこおりによって腹水がたまったりするのです。

肝硬変の予後

肝硬変はどういった予後をたどるのでしょうか?

肝硬変そのものが死因となる可能性

酒豪で有名なさる喜劇俳優がテレビで自分の静脈瘤破裂の体験談を語っていましたが、こうした食道の静脈瘤は、おなかがはって腹庄がかかったり、モチなどのかたい食べものを急に飲みこんだりすると、かんたんに破裂します。おまけに、肝硬変の方は、止血酵素であるプロトロンビンをつくる能力が落ちているので、出血するとなかなかとまりません。食道静脈瘤は、初回の破裂で半分近くの人が死亡します。

この静脈瘤破裂、有害物質を解毒できなくなったための肝性昏睡、それに肝臓がんへの移行が肝硬変の3大死因です。石原裕次郎の肝臓がんも、肝硬変の小さな種が死因です。

要するに、お酒による肝硬変とは飲みすぎがその原因なのであり、毎日清酒4合以上飲む人は、酒の飲めない人の6倍も肝硬変にかかりやすいのです。
その証拠に、壮大な社会実験ともいえる禁酒法施行中のアメリカでも、あるいは食糧不足のためワインを飲めなかった第二次大戦中のフランスでも、このあいだに肝硬変で死んだ人はふだんの約4分の1に減っています。

どんなに高たんばく食をとり高価な治療薬をのんでも、「肝臓毒」であるアルコールをやめないかぎり、肝硬変は治るわけがないのです。

外国の予後調査では、肝硬変と診断されてから断酒した人の7割は5年後にも生きのびていましたが、飲みつづけた人で生きのびた人は4割しかいません。

わが国の統計では、最近の三井記念病院の予後調査によると、同病院で肝硬変と診断されたのに酒をやめなかった人は、6年もたつとみな死亡しています。これにたいして、酒をキッパリやめた人の4割は生存していました。

悌性すい炎と栄養不良、下痢

おつまみを食べながら食べれば肝臓は大丈夫か?

肴をしっかり食べながら飲めば、肝臓は大丈夫か

これは、程度ものだとしか言いようがありません。いつも脂っばいヤキトリなど高カロリーの肴をふんだんに食べながら飲む「酒飲みの下戸」、つまり、上戸の「ネギ・ミソ派」とは対照的な「ヤキトリ派」の飲みかたはたしかに肝硬変にはなりにくいのですが、反対に慢性すい炎になりやすいのです。すい臓は脂肪やたんばく質を消化するすい液を出しています。
大量の脂っぼい肴を食べると、すい臓に負担がかかりすぎて、ついには慢性すい炎になるのです。国内の慢性すい炎の方の5割以上がアルコール性のもので、とうぜんながら男性に多いのです。

また、アルコール性すい炎は、ふつうのすい炎にくらべて、すい石など石灰化巣をもつものが多く、また糖尿病と合併する率が明らかに高いのでやっかいです。

慢性すい炎が再発をおこした急性期には、激痛のためショック死する人さえあります。つまり、慢性すい炎ですい臓に石ができていたりすると、化膿して急性すい炎をおこす場合があるからです。なにしろたんばく質を消化するすい液が腹の中にもれるので、ものすごい激痛が襲ってきます。

その痛みは、ちょうど「背中に焼け火バシをつっこまれたように」と形容されるほどです。小腸内にすい液がでないので脂肪が消化されず、ギラギラした脂肪便がでます。便意をともなう腹痛発作であわてて病院のトイレにかけこんだものの、焼け火バシをつっこまれたような激痛で、便所内でショック死した人もいるほどです。このようなショックの例は急性すい炎の2~3割はあるということです。

また、小腸は胃からおくられてきた栄養素を体内に吸収する重要な臓器ですが、その腸の粘膜はまっさきにアルコールに麻酔されるので、アルコール依存症の患者さんにはさまざまな栄養障害がおこります。しかも飲酒によって、胆汁やすい液など消化液の分泌が悪くなると、小腸や大腸の機能がおとろえて下痢が多くなります。

とくに大腸がアルコールで麻酔されると、便中の水分を再吸収することができなくなります。

ある方が長年の酒をやめました。「酒をやめて2~3日たったときに、20年ぶりで大きな固い便がでてビックリしました。あんなにまんまるで、黄色くりっばなやつは久しぶりでみました。酒を飲んでいたこの20年のあいだはいつも下痢便で、1日3回ぐらいグジャグジャした情けない便でした。人間って情けないもので、結果をみなければわからないのですね。このりっばな便をみて、私ははじめて、いままでがいかにアブノーマルな状態だったかよくわかりました」

俗に快眠、快食、快便といいます。彼は健康をとりもどした証拠として、黄色く、固い、りっばな便がでたことが、よほどうれしかったのでしょう。

しかし、酒をやめたあとに消化器系のはたらきがほんとうに回復して、体重がふえてくるには、半年から1年かかる方が多いようです。

糖尿病の合併

典型的な糖尿病の合併症

お酒と糖尿病の関係性

すい石をともなうような慢性すい炎では、約3割に糖尿病を合併する点が問題です。すい臓は血糖値を下げるインスリンをつくっているので、そのはたらきが低下すると、とうぜん、糖尿病がおこってくるのです。

また、慢性すい炎をおこしていなくても、肝障害や肥満による糖代謝の障害がおこるので、アルコール依存症の方は糖尿病を合併する率が高くなります。アルコール病棟入院時の方の約35%に高血糖があり、それが禁酒によって2週後には15% に減少します。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に | 血管はもっと若返る
https://bloodvessel.biz/archives/113

したがって、アルコール外来を受診する方の15~20% が糖尿病の可能性大なのです。糖尿病が恐ろしいのは、全身のあらゆる血管がつまりやすくなるからです。心臓の血管がつまれば心筋梗塞、脳の血管がつまれば脳梗塞、眼底の血管がつまれば網膜変性症、腎臓の毛細血管がつまれば透析をうけねばならなくなるなど、恐ろしい合併症がえそたくさんあります。

また、足底の血管がつまって壊症をおこし、足首を切断しなくてはならなくなるケースもあるのです。糖尿病の方はカロリーを制限しながら、気長に食事療法をつづけなくてはなりません。お酒を飲むと、酒それ自体が高カロリーですので、この計算はメチャクチャになってしまいます。
おまけにアルコールはインスリンを生産するおおもとのすい臓をやっつけるのですから、糖尿病と診断されて酒をやめない人はダブル・パンチで自分のからだをいためつけている理屈になります。

「糖尿病には糖分の多いビールやワインはNGですが、ウィスキーならよい」という俗説を信じて、酒をやめない人も多いようです。しかし、どんなお酒であっても、アルコール1gは7kcalの熱量をもっています。お酒を飲んだら、その分だけ食事を減らさなくてはならないのです。医師の指導のもとに、まだインスリンは使用せず、食事療法だけですんでいる軽度の糖尿病の方あれば、3単位(ビール660ml、清酒二225ml、ウィスキー150ml)以下の以下のアルコールであれば認めようという、やさしい医師もいます。

このような、アルコール依存症と糖尿病とにくわしい先生の指導に忠実に従える方であれば、この程度のお酒は飲めるかもしれません。
しかし、酒を飲んで成人病になるような人は、とかく酒にたいしての欲求が人一倍強いものです。そうした人が、意志の座である大脳新皮質のブレーキをまっ先に麻酔させるアルコールの魔力に、はたして抗しうるものでしょうか。

とくに、インスリンの投与が必要な重症の糖尿病の方が飲酒することは、危険な低血糖発作をおこした場合に酩酊との区別がつかず、手当てが遅れて低酸素で脳がやられ、植物人間になることすらあるのです。

血糖値が高い人は飲み過ぎ、食べ過ぎの時だけ糖質カット酵母「パクパク酵母」くんを利用する方法もありますが、基本的に飲み過ぎをこの糖質カット酵母だけで処理するのは困難でしょう。

アルコール依存症で入院したことのあるような依存症の方になると、その半分がインスリン注射の必要がある人たちです。なかにはインスリン注射を打ち、そのあとごはんも食べずに酒を飲む方がいて、急死する例も多いのです。

特に、自制力にとぼしい方にはだんこ禁酒をすすめています。「おれはアルコール依存症ではないし、自分のからだのことはよくわかっているから大丈夫だ」と、糖尿病といわれながら酒を飲んでいるあなた。やがて心臓がとまる、目がつぶれる、足が腐りおちる、脳卒中になる、透析をうけねばならないと知れば、これだけ知れば、きっと今夜から酒がやめられるにちがいありません。

お酒と血圧

お酒と血圧の関係性

お酒と血圧の関係性はとてもわかりやすいものです

お酒を飲むと末梢血管がひろがって顔が真っ赤になったり、脈が速くなって心臓がどきどきするなどすぐに循環器に影響があらわれます。

飲酒によってはじめは血圧が下がりますが、その後は時期によって上がったり下がったり動揺します。1単位程度の少量の飲酒(ビール大びん1本、清酒なら1合、ウィスキーではダブル1杯) は、善玉コレステロールをふやして動脈硬化をふせぐ効果があり、ほかにも血小板の凝集を抑えて血栓をできにくくするはたらきがあります。
しかし、これはあくまでも1単位の少量の飲酒の場合で、念をいれて10単位以上も予防薬を召しあがるのは問題です。亜アルコール依存症の方は、入院時にその53% が高血圧になっています。入院して酒を断つとその80%で血圧が下がってきますが、ここでこまった問題がおこってきます。

酒が切れる離脱期には血小板数がふえ、その凝集能がたかまって血栓ができやすくなり、その結果、脳梗塞や心筋棟塞がおこりやすくなるのです。
とくに、アルコールは30代や40代で脳棟塞をおこす人の危険因子になりやすいといわれています。

たとえば、寒い北陸の地で出陣のたびに愛用の大盃を3杯傾けていた大酒豪の上杉謙信は、48歳のときに脳卒中で死亡しました。

以下は、アルコール依存症方の予後調査です。退院後の死因の第1位は肝硬変の27.8% ですが、2位で24.4% の心疾患と、4位で9.8% の脳卒中をプラスした循環系の病気の死亡率は、計34.2% とダントツです。また、日本ではは肝硬変による死亡率よりも脳棟塞による死亡率のほうが飲酒量の増加と深いかかわりをもっているといいます。

欧米のアルコール依存症は肝硬変で死亡する率が高いのですが、日本のアルコール依存症は脳卒中で死亡する率のほうがずっと高いのです

アルコール依存症の退院後の死亡統計
  • 肝硬変(27.8%)
  • 心疾患(24.4%)
  • 脳卒中(10.2%)
  • 事故(9.8%)
  • アルコール精神病(3.9%)
  • 食道ガン(3.4%)
  • 胃・十二指腸潰瘍(2.9%)
  • 胃ガン(2.4%)
  • 咽頭・喉頭ガン(2.4%)
  • 肺ガン(2.0%)
  • 肝ガン(2.0%)
  • 膵炎(1.0%)
  • 糖尿病(1.0%)
  • 肺炎(1.0%)

アルコール性心筋症

お酒を飲んで翌朝突然死するケース

心臓病とお酒の関係性

前の晩にこっそり酒を飲み、翌朝ふとんのなかで亡くなっているのを家人に発見される急死例が意外に多いのです。アルコール依存症には飲酒中や飲酒後の急死事故が多いのです。こうした急死例は、アルコール依存症の離脱期には血栓ができやすくなるので、心筋棟塞をおこすのであろうとか、あるいは飲みっばなしになるとひどいビタミンB1不足がおこるため、むかし脚気の主な死因だった脚気衝心とよばれる心不全がおこると考えられてきました。

しかし、栄養状態もよく、ビタミン投与をうけている大酒家にもこうした心不全はおこります。そこで、まれではありますが、アルコールで直接心筋がやられる「アルコール性心筋症」のあることがわかってきました。これは、ふだんは飲酒後に動悸や軽い息切れ、期外収縮を認めるくらいの軽い症状ですが、進行すると大酒後に突発性の呼吸困難の発作がおこり、急死する恐ろしい病気です。

多発性神経炎

そのほか突然死を招くお酒が原因で引き起こされる病気

その他の突然死

アルコールは、神経系のように脂肪に富んだ組織によくなじむ麻酔剤です。そこで、直接末梢神経をいためつける可能性があります。しかも、体内のアルコールを分解・排泄するためには、神経系の栄養剤であるビタミンB類(ビタミンB1、B2、B6 、ニコチン酸、パントテン酸、ビタミン12)をたくさん消費します。

したがって、ろくに栄養もとらずに飲みっばなしになっているようなアルコール依存症の方には、ビタミン欠乏による末梢神経炎のおこることが知られています。

事実、アルコール依存症で入院した350例中の約7% に末梢神経炎がみられました。この病気の病状は、両足のしびれ感にはじまる知覚障害から歩行障害へとすすみ、さらに進行すると上肢までもおかされて、ついには車イスが必要になる重症例も少なくありません。

たとえば、はじめは分厚いたびをはいたような知覚障害があり、スリッパがぬげやすいと訴えていました。そのうちにハシゴから落ちるようになって足場をつかう仕事ができなくなり、ついにはみえない手袋をはめているように手先の感覚までがなくなって、細かい仕事ができなくなりました。

断酒してビタミン剤を大量にのんだ結果、1半年もすると上肢の感覚障害はなくなりましたが、下肢の知覚・運動障害は残り、また下肢の痛みをともなう異常感覚はどうしてもとれませんでした。

この方は一度でこりて断酒しましたが、アルコール外来を受診するのが遅れたので、末梢神経炎は残ってしまいました。飲みだすととまらないアルコール依存症の方のなかには、こうしたエピソードを何回もくり返して、ついには松葉杖から車イスになるケースもまれではありません。

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なりやすい性格 デリケートで、ほんとうは自分の欠点に敏感

依存症になりやすい性格

依存症になりやすい性格の場合、事前に注意することも必要です。

毎日、大量にお酒を飲んでいるのにアルコール依存症にならない人となる人の違い

動物実験の結果からは、四六時中大量のアルコールをあたえれば、だれでもがアルコール依存症に陥ることになります。しかし、人間の場合、実際にはいくら大酒を飲んでも依存症にならぬ人があり、たいした量でもないのに依存症になる人がいます。

では、アルコール依存症になりやすい人格や性格の傾向はあるのでしょうか。日本のアルコール依存症の断酒会員も、「心の誓い」のなかで、まず自分の酒への逃避傾向を認めて改善を誓っているのですが、精神分析の本場のアメリカでは、アルコール依存は現実の社会に適応できず、飲酒によって幼児期に過行して現実から逃避をはかるというパターンで説明されています。

その説明としては乳児期の口唇愛傾向を強調するものと、幼児期の潜在性同性愛傾向を指摘する学派とがあります。
このうち、口唇愛傾向とは、わかりやすく説明すると、アルコール依存症になりやすい人には自我が未発達で甘えん坊、依頼心が強く、情緒的にも不安定な「依存的人格」の人が多く、まるでほ乳瓶をくわえてすやすや寝込んでいる赤ん坊のようにウィスキーのボトルにしがみつくという学説です。

アルコール依存症の方が酒におぼれる理由は、人によってさまざまです。こうしたみかたが一部はあてはまるとしても、すべてを説明できる学説ではありません。

また心理テストによって、一定の性格傾向をもとめた研究も多いのですが、アルコール依存症になりやすい依存的性格として特別にこれといったものはでてこないといえます。

悲しいお酒の問題点

悲しみを紛らわすために飲むお酒にはさまざまな問題点を抱えています

悲しみを紛らわすお酒は、楽しいお酒より依存症になりやすい

女性には、夫との離婚や死別など、愛する対象を喪失した心のいたでを酒でまぎらわしているうちに依存になってしまう人が少なくないようです。これは対象喪失の「悲しい酒」の典型です。

「ひとり酒場で飲む酒は別れ涙の味がする」
この歌を絶唱するたびに涙を流していた美空ひばりは、離婚にはじまり、つぎつぎに肉親をなくすという悲運にみまわれました。
最愛の対象を失うことを、精神分析学では「対象喪失体験」というのですがこうした悲痛な体験をなんとかまぎらすために深酒に走る人は多いのです。

酔うほどに、もうろうとして気持ちもすこしはらくになり、酔いつぶれて寝こんでいる時間だけは悲しみを確実に忘れることができます。

美空ひばりは毎夜ブランデーや焼酎をあけるようになって命を縮め、「三人娘」のもう1人、江利チエミも離楯の傷心から立ちなおれずに孤独の死をとげました。

女性のアルコール依存症の方に行ったアンケート調査をみても、女性では、男性のアルコール依存症にくらべて自律神経失調や神経症傾向、抑うつ傾向、ほかの薬物依存の合併症などが明らかに多くなっています。
また飲酒パターンとしては、男性アルコール依存症の方のほとんどが20代までに酒を覚えるのにたいし、女性では30歳以上の初飲年齢が4分の1以上いました。

最近は、みるからに気の強そうなタレントがCMで「女性にビール、もう常識でしょう」と怒ったようにいう時代になりましたが、この調査の行われたころは女性の社交的飲酒は少なく、精神的ショックから酒に走る場合が多かったのです。つまり、女性の酒はおくてで、楽しい酒よりも悲しい酒であり、心のいたみを晴らすための精神安定剤がわりにお酒をガブ飲みする結果、アルコール依存症になるという状況でした。

最近のヤングの飲酒人口の男女比は完全に1対1になり、いまや週末の都心の居酒屋は若いOLたちに占領されて、若い男性サラリーマンはスミのほうで小さくなっています。

結婚難も男性のほうが深刻ですし、失恋でメソメソするのも若い男です。「悲しい酒」は男のものになったのかもしれません。男性は、アルコール依存症にならぬように気をつけたほうがよいでしょう。卑弥呼の時代から、倭人は葬式で酔い泣きしていました。人は耐えがたい心のいたでを酒でまぎらしますが、長期間アルコールに依存するのは危険なのです。

危険な飲みかたのいろいろ

神経を使う仕事をしている人は依存症になりやすいとの報告

依存症になりやすい危険な飲酒パターン

「ノミニケーション」とかいって、とかくサラリーマンには接待酒、つき合い酒が欠かせません。

かつて、やるせなさそうな真顔をとたんに愛想笑いに切り換えるCMがありましたが、自分を殺して飲む酒のホロ苦さが、宮仕えの身にいたくしみたからでしょう。
また、秒きざみでビリビリ神経をはりつめているテレビ関係者も、いきおい番組が終わると夜の街にくりだすことになりがちですが、これは、公演の打上げに役者高が乱痴気騒ぎをするのとおなじ心理でしょうか。

こうして芸能人やマスコミ関係者にお酒の強い人が多くなるのですが、与太郎を演じながら客の笑いばかりを気にしている落語家も、おなじくストレスの多い商売の代表です。気をつかいすぎて神経性脱毛症になった圓蔵師匠や、突拍子もない奇行で発散していた故林家三平師匠は有名ですが、彼らの気づかいや奇行も商業上のサービス精神と結びついていて、どこまでがつくりで、どこまでが地なのか、本人にもわからなくなっている気味もあったようです。

大喜利で毒舌とキザを売りものにしていた小円遊師匠も、肝硬変で若死にしました。がんらいが小心な照れ屋なのに、正反対のポーズをとるのですから、酒でごまかさねば神経がもたなかったのではないでしょうか。

長いあいだアルコール依存症の人とつき合っていると、彼らには洒の力」借りねば文句のひとつもいえぬという、対人恐怖症的な人が多いことに気づかされます。テレビ対談などを聞いていると、青年期の対人恐怖症を克服して演技派とよばれるようになった名優も少なくないようですが、このような積極的な姿勢をとらず、いたずらに酒に逃避しているのは、あぶない飲みかたなのです。

自虐的な酒も危険
すっかりサラリーマン化した現代の流行作家とちがって、私小説を書いていた戦前の文士のなかには後年アルコール依存症になった人がたくさんいました。

梅崎春生は、酒の入手が困難だった戦時中にも酒を欠かさず、肝硬変で禁酒を命じられていながら飲みつづけました。「火宅の人」を書いた無頼作家檀一雄も、自己嫌悪にさいなまれながら酒と愛欲との自分の生活を材料にペンをとる、すさまじい生きかたをした人です。

情緒不安を静めるトランキライザーがわりに酒を飲むタイプが少なくありません。

破滅型作家の代表の太宰治も、錠剤をガリガリかじりながら自虐的な酒におぼれました。飲むと「恥ずかしい」が口癖で、自殺未遂をくり返したすえに、玉川上水で心中自殺をとげました。

大正から昭和にかけての私小説作家は、自分自身を材料に掘り下げるので、つい苦しくなって酒に逃げたものでしょう。精神分析医となるために、みずから患者となってスーパーバイザーの教育分析をうける訓練がありますが、このようなときに自分の欠点ともろに対決させられてうつ状態になることがよくあります。これも似た状態といえそうです。人間には自尊心があって、自分の欠点はなるべく意識しないようにしています。だからこそ精神衛生がたもたれているのです。

アルコール依存症になる人は、デリケートで、ほんとうは自分の欠点に敏感で、自分のその情けなさが許せないから酒を飲むのでしょう。自分の欠点と適当に折りあえる人のほうが適応もよく、アルコール依存症にならずにすむのかもしれません。

アルコール症に至るまで

アルコール依存症、アルコール依存症、アルコール中毒とは

アルコールに関連する病気のそれぞれの特徴

アルコール依存症、アルコール依存症、アルコール中毒の違い

アルコール依存症とはすでに心理的・身体的依存におちいっている段階、アルコール依存症とは心理的依存で身体的合併症をおこしているものをいいます。
以前は2つを区別せずに慢性アルコール依存症、俗に「アル中」とよんでいました。

戦前は、アル中や麻薬中毒の状態を総称して「薬物嗜癖」とよんでいました。「薬物嗜癖」とは、習慣性をきたしやすい麻薬などの薬物をくり返しもちいているうちに、

  1. だいに増量しないと効かなくなり(耐性獲得の段階)
  2. そのくすりを得るためには犯罪も辞さぬという強烈な欲求を生じ(心理的依存の段階)
  3. くすりを断つと激烈な禁断症状がでる(身体的依存の段階)

へと、段階的にすすんでいく病気であると考えられていました。そして、ヘロインのような麻薬だけが、心理的・身体的依存をおこすとされていました。

薬品名 心理的
依存
身体的
依存
耐性
獲得
モルフィネ型 モルフィネ、ヘロイン、生アヘン、合成麻薬、コカイン 4 4 4
バルビタール型 コカイン、クラック 3
大麻型 マリファナ、カンナビス、ハッシッシュ 2
アンフェタミン型 覚醒剤(ヒロポン)、ぜんそく剤、やせ薬 3 2
カート型 東アフリカ産の植物で覚醒剤類似作用をもつ 2 1?
幻覚剤型 LSD、STP、シンナー、サイロシピン、大麻 2 +?

しかし、終戦直後の覚せい剤の流行にはじまって、その後、睡眠剤から精神安定剤、幻覚剤などさまざまな薬物が嗜癖の対象になってきたのです。このなかには、身体的依存をおこさない習慣性の薬物もふくまれています。
しかも、麻薬のなかにもコカインのように禁断症状のないものがありますし、反対に嗜癖品であるアルコールが麻薬にも劣らぬ激烈な禁断症状をおこすなどの矛盾が明らかになってきました。

たがって、現在ではこれらの嗜癖性薬物や習慣性薬物のすべてをふくむ広い概念として「薬物依存」という用語がもちいられ、禁断症状は「離脱症候群」もしくは「退薬症候群」とよばれるようになっています。「禁断症状」といったほうがわかりやすいかもしれません。

依存症の前段階

依存症になる前の段階のサイン

健康飲酒からアルコール依存症になるとき、その前段階のサイン

アルコールを飲みつづけていると、飲む量のふえる時期がやってきます。「手が上がった」などと喜んでいる人がいますが、これが依存症への第一歩、「耐性獲得」の段階ぺ睡眠剤や精神安定剤にくらべて、なのです。もっとも、アルコールはこの耐性獲得のもっともおこりにくい薬剤です。アルコールが優秀な睡眠剤であるといったのは、この意味です。

しかし、夕方になってネオンがつくとそわそわし、帰宅の途中で飲み屋に立ちよらねば気持ちがおちつかないようになれば、立派な「心理的依存症」の段階でしょう。

こうして、夜の酒をうまく飲むために昼食をそばだけにして腹を空かせておくなど、万事がお酒中心にまわりはじめ、そうした生活を十数年もつづけていると、ついにはからだがアルコール分なしには働かない「身体的依存」の段階へと突入します。
身体依存をおこすまでの期間は、飲みかたや個人差でちがいますが、毎日5合以上の大量のアルコールを飲みつづけた場合、五年から10年で禁断症状が怒るようになります。

このような大酒家が、虫垂炎などにかかって外科病棟に入院した場合、その晩から一睡もできず、3日めの夜からは恐ろしい幻覚が襲う「振戦せんもう」という代表的な禁断症状がおこってきます。これは、いままでアルコールで飽和されていた大脳におこる激烈な失調症なのです。

アルコール依存症とは、じつのところ「脳のアルコール依存症」ということになるのですが、飲酒によって、大脳だけでなく肝臓やすい臓、心臓など多くの臓器にも障害が怒ってきます。アルコールはこのように多くの内臓をまきこむ病気をつくるというのが、「アルコール依存症」の概念なのです。
つまり、アルコール依存症が「脳のアルコール依存症」だとすれば、アルコール依存症とはアルコール関連性成人病、つまり「からだのアルコール依存症」と考えてよいでしょう。

アルコール症に移行するさ危険信号(大事なサインがある)

アルコール依存症に転落するには精神的な問題のほうが大きいのです。アルコール依存症回復者たちの自発的な集合に断酒会というものがあります。この合の冒頭に会員が斉唱する「心の誓い」にも、「私は断酒会に入会して酒をやめました。これからはどんなことがあっても酒でうさを晴らしたり、卑怯なまねはいたしません」という文句があります。つまり、うさ晴らしの酒に逃避していた自分の消極的態度を認識することから、アルコール依存症の治療ははじまるのです。

スナックやカラオケで上司の悪口を肴に酒を飲むのはサラリーマンの無上の楽しみかもしれません。しかし、あまり度がすぎて、まわりをへきえきさせるようになると危険信号です。

「はじめは、まわりを楽しくさせるよい酒でした。それがだんだんに不平不満を発散させる酒にかわり、気がついたら1人で飲むようになっていました」これは入社時「会社のホープさん」といわれながら、アルコール依存症になったさる商社マンの述懐です。

日本の多くのビジネスは、とかくアフター・ファイブの商談で決まるしくみが多々あります。島国で、ムラ社会の身内意識が多分に残っている日本では、いままで取引のなかった会社とこれから新たに対人関係をもつかどうかは、アルコールのはいった本音の宴席で吟味されるからなのでしょう。

そこで、日本のサラリーマンは、商談の接待酒、会社内のつき合い酒に個人的なストレス解消の酒と、アルコールなしには1日も機能しない「アルコール・ソーシャル・システム」に、がっちりとりこまれるとになります。

酒が仲間との対人関係の潤滑油になっているうちは無事なのですが、うっぶんばらしの酒でかえって対人関係を損ね、ついに1人でヤケ酒をあおるようになってきた人は要注意です。

もともと飲酒への逃避をおこしやすい性格や、内心の不安をまぎらわすために酒を飲むようになる性格はより危険です。

アルコール症や依存症にならないお酒の飲み方(1日の飲酒量)

1日の飲酒を2合(360cc)以内にする

まず、第一は、1日のアルコール処理能力をこえた大量のお酒を飲まないことです。個人差やその日の健康状態によって多少の幅がありますが、いっぱんに健康な成人男子のアルコール解毒能力は、体重てロ1kgあたり1日2.4gとされます。

体重55kgの人の場合、1日のアルコール処彗旦は130ml(清酒換算で4.7合)となります。

したがって、1日150ml(清酒5.4合)以上の飲酒をつづける大量飲酒から、とうぜんアルコール依存症の発生率は高くなります。

ところで、国内の酒類の年間消費量の推移から、大量飲酒者がどのくらいいるかをみることができます。これは、民族のような大集団になると、その飲酒量は正規分布するという原理によるものです。
つまり、その集団の酒類の平均滑費量を知れば、その集団の大量飲酒者の数が自然に推定できるのです。

1955年から1991年までの36年間の飲酒人口と大量飲酒者の数の推移は、高度成長によるGNPの伸びとともに酒類消費量と大量飲酒者の数は急激に増加しました。1982年ごろから190万人の飽和状態に達して伸び率はにぶくなりましたが、最近では230万人をこえています。

ところで、体内にはいったアルコール分は、もっぱら肝臓で分解されて排泄されます。そこで、この大量飲酒者たちは毎日肝臓を酷使していることになります。

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https://memodiary.wp.xdomain.jp/archives/320

体重60kgの平均的な日本人が1時間で分解できるアルコール量は6.6gで、これは清酒、50ml、(ウィスキーで20ml、ビールは180ml)にあたります。

400ml(2号強)の清酒が体内から完全に排泄されるには長めに見積もると8時間かかることになります。
したがってアルコール分を翌朝に残さないようにするには1日の飲酒量を2合以内に抑えることが大切でこれが健康飲酒の第一条件です。

もちろん、この処理能力は年齢とともに低下します。とくに肝障害をおこして肝臓の機能が50%に低下すると、清酒2合でも4合以上の大量飲酒を行ったのと同等になります。酒のために肝臓をこわしたような人は、キッパリと酒をやめることがだいじです。

週に1~2日は飲まない日をつくる

もうひとつ、四六時中アルコール分が体内に残っていることが、依存症をおこす必須条件でした。この意味で、二日酔いの朝に「迎え酒」をするなどは、アルコール依存症志願の自殺行為ですし、たとえ休日であっても朝から飲酒する習慣は、アルコール依存症になって身代をつぶす近道です。

週に1回は体内から完全にアルコールを追いだす「ドライ・デイ」休肝日をもうけることがアルコール依存症の予防につながります。
四六時中アルコール漬けになっていると、中枢神経系がアルコール分なしにははたらかなくなり、急にアルコールを中断すると自律神経系をもふくめてパニックをおこします。これが、いわゆる禁断症状のメカニズムです。

清酒換算で盲5.4合以上のアルコールを飲んでいる大量飲酒者の場合、体内のアルコールを完全になくすのにおおよそ48時間かかります。そこで、アルコール学会では、週のうちつづけて2日間の休肝日をもうけるよう指導しています。しかし、毎日が2合程度のお酒であれば、まる言問のドライ・デイでも十分でしょう。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に
https://bloodvessel.biz/archives/113

飲み始めると止まらなくなってしまう

飲みはじめるとどうしてやめられなくなるのかを考えるときに、実験中央動物研究所の柳田氏が行ったアカゲザルの実験が非常に理解しやすいと言えるでしょう

医学の研究のなかに、ヒトの病気と似た精神病様状態を動物におこさせる実験精神病理学の領域があります。たとえばサルがせっせと麻薬を自分の腕に注射する状態をつくれば、「麻薬中毒ザル」ができたことになります。
麻薬のかわりにアルコールを使用すれば、とうぜんアルコール依存症または、アルコール依存症のサルができます。

ところで、サルがいくら人真似に長けていても、静脈注射までは不可能です。そこで、あらかじめサルの静脈内に細いビニール管(カテーテル)を固定して、それを皮膚に縫いこんでおきます。
そのカテーテルの端をサルに背負わせたランドセル内の自動注入装置に結びつけます。パイロットランプがついているあいだにサルがオリのなかのレベーを何回か押すと、その信号がランドセル内の自動注入装置に送られて、なかから1回分のアルコールがサルの静脈内に注入されるというしくみになっています。

こうした装置によってサルにアルコールの酩酊感を学習させると、4週間後には、サルはやっきになってレバーを押しつづけるようになり、こうして、アル中のサルのできあがりです。

このような依存成立のメカニズムについては、J・オルズの動物実験があります。オルズ氏によると、脳の視床下部、正中前脳束の投射領域には「快楽中枢」があるそうです。

ネズミの快楽中枢に埋めこみ式電極をセットし、オリのレバーを押すと電流が流れる装置をつくると、ネズミは夢中になってレバーを押し続け、快楽中枢に電気刺激をあたえるようになるそうです。

オルズ氏の主張する快楽中枢の場所とは、ノルアドレナリンによって作用のおこる領域です。覚せい剤の効果もノルアドレナリンの動員作用ですから、オルズ氏の見解も否定できません。

オルズ氏の実験は薬物依存の本質にせまる興味深い研究でしたが、彼が亡くなってしまったので、快楽中枢説の評価はうやむやになってしまいました。

柳田氏のアル中のサルの実験も、脳のなかにどこか飲酒の快楽中枢があって、サルはアルコールの注入によってその快楽中枢を刺激しっづけているとも考えることができるでしょう。
柳田氏がアルコール依存症のサルをつくるのには4週間を要しましたが、もっと体重の軽いネズミなどの小動物は、かんたんにアルコール依存症になります。
たとえば、ネズミに大量のアルコールをあたえつづける「急速飽和実験」を行うと、わずか数日で、アルコールを断つといわゆる禁断症状をおこす「アルコール依存症」になってしまいます。つまり、朝から酒を飲みっばなしで、四六時中アルコールが切れないような飲みかたが、アルコール依存症になる近道なのです。