飲んだときの脳

アルコール症のときの脳のはたらき

さまざまな都市伝説のようなものから正しい情報まで

アルコール症になると、脳がアルコールなしでは機能しなくなる?

「酒は百薬の長」というのは、あくまでも清酒1合程度の少量のお酒のときです。5合以上の大量飲酒になると、まさに「酒は万病のもと」になり、あらゆる成人病にかかって若死にすることになります。

「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」などと、数々の酒の名歌を残した若山牧水は、飲んで輿いたれば静かに和歌を吟ずる、まことによい酒飲みでした。

しかし、彼の酒量はかなりなもので、友人によると1日1升2合は常飲しており、胃潰瘍や肝硬変など多くの病気を併発して42歳で天折しました。

牧水のようにアルコール関連性成人病だけのものを、以前はアルコール依存症の予備軍と考えていました。しかし、これは決して予備軍ではなく、現役の「からだのアル中」だと考えるのが、新しいアルコール症の概念です。こうした静かな「からだのアル中」にたいして、はでな禁断症状をおこしたり、心理的・社会問題行動をおこして荒れる「脳のアル中」があります。

これは永年の飲酒によって大脳が障害されて、一時的なリバウンドである禁断症状から、やや長期の幻覚症へといたり、ついには、もとにもどらないアルコール痴呆までをおこします。

また、そのあいだには、人格低下状態によって、家族や職場などをトラブルにまきこみます。これが、アルコール依存症の最大の問題点なのです。

酒量がふえる「耐性獲得」から「心理的依存」の段階をへて、ついにはポケットウィスキーのかくし飲みをする、からだが酒をよぶ「身体的依存」の段階にいたると、中枢神経はアルコールなしにははたらけない状態になってしまいます。

このとき、アルコールを中断すると、とうぜん神経系がリバウンドをおこして一過性に過剰な興奮状態になります。これが俗にいう禁断症状で、学名を離脱症候群もしくは退薬症候群といいます。

アルコール依存症ができあがるまでの期間

恐ろしいアルコール依存症になるまではどのくらいの期間がかかるのでしょうか

身体的なアルコール依存症をおこすようになるまでの年月

アルコールを飲みはじめてから身体的依存をおこすまでの期間は、その飲みっぶや個人差があってさまざまです。また、時代的な背景も考えなくてはなりません。

たとえば、所得にくらべてお酒が高価であった3~40年前には、お酒を飲みほじめてから禁断症状をおこすまでに、少なくとも20年はかかると考えられていました。

それが、高度成長によってだれでもが酒をたっぶり飲める時代になって、たちまち40歳代で肝硬変で死亡する事例もでるようになりました。

そのころから、半分の10年で身体的依存になる人もあらわれるようになりました。その後、成人男性よりも酒に抵抗性の弱い未成年者や女性のアルコール症がふえてくるにしたがって、さらに、その半分の5年間で禁断症状をおこすことがわかってききした。

現在では、清酒換算で5合以上の大量のお酒を週5日以上のペースで5年間飲むと、りっばな禁断症状がおこるとされています。

男性のアルコール症の方は飲みはじめから入院まで平均20年かかっていたのに対し、女性の方は平均8年と、半分以下で「アル中双六」の上がりとなっていました。

最近は崩壊家庭などの女子中学生で典型的な禁断症状をおこす例がみられるといいますから、抵抗力の弱い未成年の女子では4年以下の短い期間で最終段階まですすむと考えられます。

この点で、未成年の飲酒を助長するCMや酒類自販機の設置は、日本の将来をあやうくする社会問題であるといわざるをえません。
毎晩のようにボトルをかかえ、飲まないと眠れなくなっているあなた。もし、急病で入院するようになったら、恐怖の幻覚が今夜にもあらわれるかもしれません。

禁断症状=振戦せんもう

典型的な禁断症である振戦せんもうについて

典型的な禁断症状

アメリカのビクターは多年にわたる観察から、禁断症状が4段階にしたがってあらわれることを明らかにしています。まず、断酒後7~8時間すると手のふるえ(振戦)と一過性の幻視があらわれ、つぎにてんかんとおなじ全身けいれん発作、ついで12時間後には幻聴があらわれます。
以上の3つを「小離脱症候群」といいますが、かならずしも3つそろってあらわれるとはかぎりません。小離脱期にけいれん発作をおこす人は4分の1にすぎないのです。禁断症状の中心は、断酒後3日めにあらわれて2~3日間つづく「振戦せんもう」とよばれる幻覚妄想状態です。この期の興奮はきわめて強いため、かつては精神病院の保護室に収容されて、禁断症状なのにアルコール精神病として分類されていました。

しかし、この2~3日間がすぎると、長時間死んだように熟睡し、目覚めるとおこりが落ちたようにまったくの正気にかえります。つまり、振戦せんもうは一過性の禁断症状にすぎないのです。次のような実例もあります。

振戦せんもう

53歳の工員です。30歳のときから毎晩3合以上の焼酎を飲んでいました。50歳のとき、肝障害をおこして入院しましたが、酒をやめませんでした。

ある日、来客があって大量の酒を飲み、その翌朝、めまいや嘔吐が強いので緊急入院しました。外来で診察中にとつぜんけいれん発作をおこし、すぐにCTスキャンをとりましたが、異常は認められませんでした。内科病棟に入院しましたが、その晩から一睡もできず、手指のふるえや発汗がひどい状態でした。

つぎの晩は看護室に釆て、「隣の部屋のベッドに青いドレスの女が寝ている」「こんなお化けのでる病室はかえてくれ」と要求しました。

翌日、医師が診察すると、「天井にアリがいっぱいむらがっている」と典型的な小動物幻視を訴えました。このように、虫や蛇、小人などの小動物幻視の多いのがこの時期の特徴なのです。

あらかじめジアゼパム(ホリゾン、セルシン) を30mg程度あたえておくと、こうした禁断症状を防止できることが多いようです。

しかし、このケースのようにいったん禁断症状をおこしてしまうと、くすりをもちいてもあまり効きめはありません。この方は、つぎの晩もおちつきがなく、「表に迎えの車がきているから」と病棟からでようとしたため、当直医がかけつけてイソミタールの静脈注射で眠ってもらいました。注射後15時間熟睡し、目覚めたあとはまったくの正気にかえりました。

あとで聞いてみると、その晩は病室全体が大きな窓にみえて、表で機動隊の車が待っている、なにも悪いことをしていないのに、どうしてつれにきたのか不安で、それになんども注射をされるので殺されると思い、必死で抵抗したのだという話しでした。

禁断症状=アルコール幻覚症

幻覚症という禁断症状

幻覚症という症状について

振戦せんもうは、活発な幻視が主体です。これにたいして、幻視はおこらずに、自分を脅かす声やドラムの音などの幻聴がおもな症状で、しかも経過のやや長い「アルコール幻覚症」が、まれにおこります。

幻覚の事例

52歳の調理師です。従軍して中国酒を覚え、終戦後は焼酎、ウィスキーなど約4合分を約20年間飲みつづけていました。

8年前から糖尿病や肝臓の障害で入退院をくり返していますが、最近はやけ気味でウィスキーのボトル1本を毎日飲んでいました。

ある日の帰宅後、いつものように飲んでしばらく眠りましたが、とつぜん愛国行進曲が耳もとで聞こえ、軍靴を踏みならすザクザクという音が遠くなったり近くなったりするので目が覚めました。

耳がガンガン鳴るのをがまんして眠ろうとすると、また行進曲と軍靴の音が聞こえます。そのうちに「オーイ」と戦友のよぶ声がし、「どうした!」と彼によびかけてきました。あまりはっきり聞こえるので、だれかが家の外で自分をねらっていると思い、竹刀をもってドアを開けましたが、だれもいませんでした。そこに妻が帰ってきて大のようすにおどろき、精神病院に入院となりました。

アルコール・パラノイアとアルコール性痴呆

脳が慢性的に障害されると

具体的に起きる症状

脳がアルコールによって慢性的に障害されると、さまざまなこころの症状があらわれてきます。その代表はアルコール・パラノイアとアルコール性痴呆の一種であるコルサコフ精神病です。

アルコール・パラノイア
いままでの事例はいずれも急性期に出現するものでした。これにたいして、慢性化して妄想状態を示すようになったものをアルコール・パラノイアといいます。しかし、アルコールによる妄想の内容ではなぜか嫉妬妄想が圧倒的に多いので、むかしから「酒客嫉妬妄想」とよばれてきました。
アルコール症になぜ嫉妬妄想が多いのかについては、いろいろな学説があって議論が定まっていません。単純に考えると、アルコール症にはインポテンツが多いので、妻が浮気をしているという疑いをもちやすくなるからではないかと説明されてきましたが、最近の学説を読んでみると、もっと深遠な論理によって理解されるべきもののようです。
アルコール・パラノイアの事例
58歳の工員の方です。20年来の飲酒歴があります。1年前から妻が浮気をしているといいだし、ついに包丁をもって妻を追いかけるようになり、警察に保護されて受診しました。「いい年をして恥ずかしい話です」とはいいますが、問診してみると、「火のないところには煙はたたぬ。妻は10人も二〇人もの男の相手をしている。会社の同僚とも通じていて、連絡をとりあっているから」といって、出社もしないで電話番をしているとのこと。「近所の人も妻の浮気を知っていて、うわさになっています」と、嫉妬妄想のことになると、まったく自分が病気であるという意識がありませんでした。
アルコール性痴呆
アルコールによって脳細胞の脱水や脂肪分の溶解がおこるため、お酒を長く飲みつづけると脳細胞がこわれて脳萎縮がみられます。
そのため、いろいろな程度の痴呆がおこってきますが、コルサコフ精神病とよばれる特殊な型をとることが多いとされています。
コルサコフ状態とは、記憶力が極端に悪くなり、時間や空間への認識(見当識)がなくなり、これに作話症がくわわった痴呆状態のことです。狂犬病ワクチンの副作用によってコルサコフ状態になったものと鑑定されています。
コルサコフ精神病の事例
53歳の職人の方です。20年以上、毎日ウィスキーを半本飲んでいました。45歳ですい炎、49歳で胃潰瘍の手術をうけています。
手術後動けなくなり、妻が勤めにでると、それをいいことに食事もろくにとらず、酒びたりの生活になりました。家で数回倒れたこともありますが、放置されていたようです。

ある日、妻の旅行中に大量のお酒を飲みました。妻が帰宅した翌朝に、床の上に座ってなにか虚空にあるものをつかむようなそぶりをし、よびかけても返事をしないので緊急入院となりました。すぐに点滴などの治療をうけ、あらかじめジアゼパムの投与を行ったので離脱症候群はおこりませんでした。

入院後1ヶ月たち、歩けるようになりましたが、トイレに行くと方向がわからなくなり、自分の部屋へ帰れず、すましたばかりの食事をまた催促するなど異常行動が目立つようになりました。
診察してみると、日時や場所についての見当識がまったくありません。忘れないよぅにと、自分の病室の番号をマジック・インクで手のひらに書いていました。付き添っている娘の名前をたずねると、妻の名前を答えます。CTスキャンでは脳萎縮が明らかでした。検査室から自分の病室へ帰り、ベッドの自分の名札をみると「同姓同名の人がいるんですね」などといいます。この痴呆状態は3ヶ月以上たってもまったくよくなりませんでした。

アルコール性痴呆と健忘症のなりたち

お酒の飲み過ぎで家族に迷惑をかける健忘症や痴呆

健忘症や痴呆的な症状の原因

ヒトの記憶には、側頭葉の海馬や視床、脳幹の乳頭体をむすぶ「記憶のサーキット」が深くかかわっています。ろくに食事もとらずに飲みつづけていると、神経の栄養剤であるビタミンB1類が大量に消費されて、脳幹の乳頭体が障害をうけ、健忘症候群をおこすのです。大量のビタミンB1をふくむ点滴などの手当てを行いますが、意識までがおかしくなるウェルニッケ型脳炎をおこすと、命は助かっても記憶障害はもとにもどらず、廃人になることが多いのです。

大量飲酒と脳の萎縮

重症な脳の異常

重症の痴呆は例外的に自分には関係ないと思っていると…

「そんな重症の痴呆など、ふつうの酒飲みの自分には関係ない」と思っているあなた。アルコール痴呆はいつの間にかあなたにもしのびよっています。

コルサコフ型痴呆は、むちゃ飲みで脳が栄養障害をおこしたものです。アルコールはもともと脂肪となじみやすい麻酔剤で、それに脳細胞はほとんどが脂肪でできている臓器です。

ですから、毎日の飲酒でアルコールは直接あなたの大脳に浸みこんでいるのです。それに、二日酔いのときの割れるよ、つな頭痛は、アルコールの浸透圧によって脳細胞内の結合水が60%も失われて、脳がちょうど梅酒のなかの梅の実のようにしわしわに縮んだ状態からおこるものなのです。

もちろん、翌朝の水分の補給で脳の脱水は回復しますが、こうした大酒をくり返しているアルコール症の方のCTをとってみると、非飲酒群よりも年齢にくらべて脳萎縮をおこす率が明らかに高いことがわかっています。しかもその萎縮は、意志や判断の座とされる前頭葉においてはなはだしいのです。

アルコール依存症の方のなかには、意志が弱くて根気がなく、その場まかせで、モラルにとぼしく、判断力にかける浅薄な人格に低下している人がいます。しかし、彼らはへんなところにがんこで、自分の病気や欠点をガンとして認めないことが多いのです。この前頭葉症候群がまた、お酒を断つのをむずかしくしているといえるでしょう。

アルコール依存症と病気の意識

アルコール依存症の方は多くが病気という自覚がない

病気だという意識がかなり低い理由

ある工事会社の例です。この会社の社員は仕事柄どうしてもつき合い酒が多く、毎年の定期検診で飲酒関連成人病の指摘をうけながら、いっこうに酒をひかえない職員がたくさんいました。

そこで、そのうちのとくにひどい32名について飲酒態度調査を行いました。この会社は、従業員数1162人で、毎年1割以上が肝障害などの飲酒関連成人病にかかっているとの数値がでています。
彼ら32名はそのなかでもお酒の猛者でした。

飲み過ぎが原因の病気

からだの病気をおこしやすい飲みかた

お酒は飲み過ぎると必ず体に異常をきたして病気になります。

特に病気になりやすい飲み方

若いころには一升酒を飲んだ翌日もケロリとしていた酒豪でも、体力に限界を感じはじめる40代後半になると肝臓の解毒能力がおちて翌朝に酒気が残るようになります。

そのまま酒量を落とさずに飲みつづけていると、全身の内臓がいたんできて、いろいろな成人病をおこしてきます。「アルコール症」はこうしてできあがるのです。もともとアルコール症であった人たちの断酒会に出席してみると、60代かなと思った人が、聞いてみると40代といわれておどろくことがあります。

長年の酒毒によってあらゆる内臓がやられているために、アルコール症の人にはほんとうの年よりも老けてみえる人が多いのです。
20代から一升酒を飲みつづけた結果、ありとあらゆる成人病をおこし、まるで70~80代のお年寄りのような顔つきになって死亡した事例もあります。

では、どんな飲みかたがからだに悪い飲みかたなのでしょうか。

「肴はあぶったイカでいい♪」と歌う演歌がありましたが、肴にうるさい酒飲みは伝統的な酒飲みの美学から外れるようです。
「上戸」とよばれるほどの酒飲みは、肴は目でたのしむだけで、決してハシをつけず、ひたすらお酒だけを飲むといいます。かろうじて許される肴は小皿にもったネギに味噌という「ネギ・ミソ派」のみが、「上戸」とよばれるに値するものでした。

こういう飲みかたをすると、早く酔えることはたしかです。酒が途方も亡く高価だった時代に、少量の酒で酔っぱらうための庶民の知恵だったのでしょうか。しかし、こうした酒飲みの美学に忠実な飲みかたは、じつはからだにもっとも悪いのです。

お酒と内臓の病気

消化器系は最初にお酒を通過するのでダメージを受けやすくなります。

最初にやられてしまう臓器

まず害をうけるのが、アルコールが通過していく消化器系です。からっぼの胃にウィスキーや焼酎などの濃い酒を流しこむ飲みかたをつづけていると、急性胃炎から胃潰瘍になっていきます。もっとも、お酒を最初に流しこまれる食道のほうがまっさきに被害をうけるので、アルコール症の人には食道がんが多いともいわれています。

食道ガン「リンパ節転移の触診が治癒を大きく左右する」 | 健康メモ
https://health-memo.com/2016/06/28/%e9%a3%9f%e9%81%93%e3%82%ac%e3%83%b3%e3%80%8c%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%91%e7%af%80%e8%bb%a2%e7%a7%bb%e3%81%ae%e8%a7%a6%e8%a8%ba%e3%81%8c%e6%b2%bb%e7%99%92%e3%82%92%e5%a4%a7%e3%81%8d%e3%81%8f%e5%b7%a6/

アルコールは皮膚につけてもじリヒリします。デリケートな食道や胃の粘膜を毎日これで消毒している理屈ですから、胃袋が反乱をおこすのももっともでしょう。
二日酔いのムカムカも、飲みすぎによる急性胃炎の症状によることが多いのです。

イヌに20% 以上のアルコールを飲ませていると、急性胃炎からやがて胃潰瘍をおこすという動物実験もあります。

一升酒を飲む方は、胃切除をうける人が多いのですが、胃袋をとってしまうと濃度の高いアルコール分が吸収のよい小腸に直接いく結果になるので、酒がいっそうよく効くことになります。

「酒のために胃を悪くした。悪いところはみなとった。だから酒を飲んでもいい」という奇妙な三段論法を駆使して、胃切除後も酒を飲みつづけると、残胃がんにかかって若くして亡くなってしまいます。こうして天国に召されないまでも、胃切除をうけてから5年ぐらいのうちに「アル中双六」の上がりとなって、入院する方がいます。

最近は内視鏡が発達しているので、食道から胃・十二指腸までのアルコールによる病気の状態がひと目でわかるようになっています。

ルコール依存症における内視鏡異常所見のうちわけ
  • 食道静脈瘤(22%)
  • 食道ガン(2.3%)
  • マロリー・ワイス症候群(2.3%)
  • マ食道裂孔ヘルニア(2.3%)
  • 急性胃炎(11.6%)
  • 出血性びらん(9.3%)
  • 慢性胃炎(7.0%)
  • 胃潰瘍(23.3%)
  • 多発性胃潰瘍(10.4%)
  • 十二指腸潰瘍(11.6%)
  • 多発性十二指腸潰瘍(3.4%)

肝硬変による食道静脈瘤が高い割合であるのはべつにしても、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などがおこる割合は、一般人間ドックなどでの成績にくらべてやはり高い傾向です。

このなかで、マロリー・ワイス症候群とは、嘔吐などで急に腹圧が上昇したときに胃の噴門部に裂けめができて血を吐く病気で、食道静脈瘤の破裂とまぎらわしいものです。まれですが、重要な病気です。

症状は、嘔吐がつづいた4~12時間後に、しゃっくりやせきとともに吐血がおこります。診断は、内視鏡検査で噴門部の裂けめと出血とを確認することです。

そのまま禁酒、禁食にして点滴をしながら安静をまもれば回復しますが、ショックをおこしたときには噴門部を切りとる手術になります。大酒のあとで胃の腑が裏返しになるような苦しい嘔吐がとまらず、おまけにしつこいしゃっくりやいやなせきがでてきたら、そろそろ手術の覚悟をしたほうがよいでしょう。

お酒と肝臓の病気

お酒=肝臓の病気というほど肝臓の病気はお酒と深い関係にあります。

肝臓に影響のある病気

割りバシの塩をなめなめ、ひたすらお酒だけを飲む究極の「上戸」がいましたが、こうした飲み方をすると肝硬変になる確率が非常に高くなります。

肝硬変の内科的療法としては、高たんばく、高カロリー、高ビタミンをあたえる食事療法が有名です。美空ひばりが急逝したのは、あやしげな外国人の「断食療法」を信奉したためでした。

「肝臓食」の食事療法を考案したコロンビア大学の2人の学者は、肝硬変になるのはアルコールのもともとの毒よりも、酒の飲みかたによる栄養障害の結果にすぎないという説をたてています。

したがって、水原弘や石原裕次郎などの「酒飲みの美学」を満足させる豪快な飲みかたは、まるで肝硬変になるのを志願しているようなものといえるのです。

ここで、酒と肝臓との関係についてです。体内にはいったアルコール分は肝臓で分解されて体外にでていきます。

体重60kgの平均的な日本人が1時間で分解できるアルコールの量は6.6gでした。これは清酒50ml(ウィスキーでは20ml、、ビールでは180ml)に相当します。

400ml(二合余)の清酒が体内から完全に消えてしまうには、長めに見積もると8時間を要することになります。この倍量、すなわち4合以上を飲めば、アルコール分は当然、翌日まで残る計算になります。5合以上の酒を毎日のように飲む大量飲酒者は、肝臓にいつもかなりの負担をかけつづけていることになるのです。

その証拠に、まだ自覚症状のない大量飲酒者にGOTやγ-GTPなどの肝機能の血液検査を行うと、その八削が肝臓障害に相当する異常値を示すということです。

このような大量飲酒をつづけていると、まず肝細胞のなかに脂肪が沈着する「脂肪肝」がおこり、ついで食欲不振、嘔吐、黄疸、発熱をともなう「アルコール性肝炎」になります。それでもこりずに飲んでいると、だいじな肝細胞がすっかりこわれてガラス様線維におきかわり、ついにはやわらかだった肝臓は縮んでコチコチになり、血液さえ通さぬ、瘢痕と化した「肝硬変」になるのです。

日本の肝硬変は、C型肝炎から進行するケースが多いのですが、純粋にアルコールだけからの肝硬変は3割近く、C型肝炎からなったと考えられた群にも大量飲酒者が圧倒的に多いのが事実です。また、アルコール病棟に入院してくる方の約3割が肝硬変にかかっているのです。

このように、アルコールは肝硬変の危険因子の最たるもので、脂肪肝になった人があいかわらず大量飲酒をつづけた場合、その3分の2までが肝硬変にすすむという統計さえあります。

肝臓は重要なはたらきをいくつももっています。胃腸から吸収された食べものから、たんばく質、脂肪、糖質の三大栄養素の合成を行っています。なかでも人の活力のもとである血糖の生産・調整を行うので、肝臓を悪くすると全身がだるく、疲れやすいのです。

このほかに、肝臓は胆汁の生産、造血、止血などの役目ももち、からだ中の解毒を一手にひきうけています。アルコールもまた毒物のひとつで、肝臓で分解されています。
だから健康な肝細胞が半分に減ると、その分解能力もとうぜん2分の1になります。長年の飲酒で肝臓をいためてからも、5合の酒を飲むとすれば、丈夫なときの1升に相当します。怖いことです。

また肝臓は、胃腸の血管から吸収された栄養物を運び、心臓へと返す「門脈系」という静脈血の大道路になっています。その中心の肝臓が縮んでコチコチになり、血液を通さなくなれば、胃腸から肝臓に集まってきた静脈血は、腹壁や胃や食道などの細い静脈をむりやり押しひろげて心臓にもどろうとします。そのため食道に静脈瘡をつくったり、また静脈血のとどこおりによって腹水がたまったりするのです。

肝硬変の予後

肝硬変はどういった予後をたどるのでしょうか?

肝硬変そのものが死因となる可能性

酒豪で有名なさる喜劇俳優がテレビで自分の静脈瘤破裂の体験談を語っていましたが、こうした食道の静脈瘤は、おなかがはって腹庄がかかったり、モチなどのかたい食べものを急に飲みこんだりすると、かんたんに破裂します。おまけに、肝硬変の方は、止血酵素であるプロトロンビンをつくる能力が落ちているので、出血するとなかなかとまりません。食道静脈瘤は、初回の破裂で半分近くの人が死亡します。

この静脈瘤破裂、有害物質を解毒できなくなったための肝性昏睡、それに肝臓がんへの移行が肝硬変の3大死因です。石原裕次郎の肝臓がんも、肝硬変の小さな種が死因です。

要するに、お酒による肝硬変とは飲みすぎがその原因なのであり、毎日清酒4合以上飲む人は、酒の飲めない人の6倍も肝硬変にかかりやすいのです。
その証拠に、壮大な社会実験ともいえる禁酒法施行中のアメリカでも、あるいは食糧不足のためワインを飲めなかった第二次大戦中のフランスでも、このあいだに肝硬変で死んだ人はふだんの約4分の1に減っています。

どんなに高たんばく食をとり高価な治療薬をのんでも、「肝臓毒」であるアルコールをやめないかぎり、肝硬変は治るわけがないのです。

外国の予後調査では、肝硬変と診断されてから断酒した人の7割は5年後にも生きのびていましたが、飲みつづけた人で生きのびた人は4割しかいません。

わが国の統計では、最近の三井記念病院の予後調査によると、同病院で肝硬変と診断されたのに酒をやめなかった人は、6年もたつとみな死亡しています。これにたいして、酒をキッパリやめた人の4割は生存していました。

悌性すい炎と栄養不良、下痢

おつまみを食べながら食べれば肝臓は大丈夫か?

肴をしっかり食べながら飲めば、肝臓は大丈夫か

これは、程度ものだとしか言いようがありません。いつも脂っばいヤキトリなど高カロリーの肴をふんだんに食べながら飲む「酒飲みの下戸」、つまり、上戸の「ネギ・ミソ派」とは対照的な「ヤキトリ派」の飲みかたはたしかに肝硬変にはなりにくいのですが、反対に慢性すい炎になりやすいのです。すい臓は脂肪やたんばく質を消化するすい液を出しています。
大量の脂っぼい肴を食べると、すい臓に負担がかかりすぎて、ついには慢性すい炎になるのです。国内の慢性すい炎の方の5割以上がアルコール性のもので、とうぜんながら男性に多いのです。

また、アルコール性すい炎は、ふつうのすい炎にくらべて、すい石など石灰化巣をもつものが多く、また糖尿病と合併する率が明らかに高いのでやっかいです。

慢性すい炎が再発をおこした急性期には、激痛のためショック死する人さえあります。つまり、慢性すい炎ですい臓に石ができていたりすると、化膿して急性すい炎をおこす場合があるからです。なにしろたんばく質を消化するすい液が腹の中にもれるので、ものすごい激痛が襲ってきます。

その痛みは、ちょうど「背中に焼け火バシをつっこまれたように」と形容されるほどです。小腸内にすい液がでないので脂肪が消化されず、ギラギラした脂肪便がでます。便意をともなう腹痛発作であわてて病院のトイレにかけこんだものの、焼け火バシをつっこまれたような激痛で、便所内でショック死した人もいるほどです。このようなショックの例は急性すい炎の2~3割はあるということです。

また、小腸は胃からおくられてきた栄養素を体内に吸収する重要な臓器ですが、その腸の粘膜はまっさきにアルコールに麻酔されるので、アルコール症の患者さんにはさまざまな栄養障害がおこります。しかも飲酒によって、胆汁やすい液など消化液の分泌が悪くなると、小腸や大腸の機能がおとろえて下痢が多くなります。

とくに大腸がアルコールで麻酔されると、便中の水分を再吸収することができなくなります。

ある方が長年の酒をやめました。「酒をやめて2~3日たったときに、20年ぶりで大きな固い便がでてビックリしました。あんなにまんまるで、黄色くりっばなやつは久しぶりでみました。酒を飲んでいたこの20年のあいだはいつも下痢便で、1日3回ぐらいグジャグジャした情けない便でした。人間って情けないもので、結果をみなければわからないのですね。このりっばな便をみて、私ははじめて、いままでがいかにアブノーマルな状態だったかよくわかりました」

俗に快眠、快食、快便といいます。彼は健康をとりもどした証拠として、黄色く、固い、りっばな便がでたことが、よほどうれしかったのでしょう。

しかし、酒をやめたあとに消化器系のはたらきがほんとうに回復して、体重がふえてくるには、半年から1年かかる方が多いようです。

糖尿病の合併

典型的な糖尿病の合併症

お酒と糖尿病の関係性

すい石をともなうような慢性すい炎では、約3割に糖尿病を合併する点が問題です。すい臓は血糖値を下げるインスリンをつくっているので、そのはたらきが低下すると、とうぜん、糖尿病がおこってくるのです。

また、慢性すい炎をおこしていなくても、肝障害や肥満による糖代謝の障害がおこるので、アルコール症の方は糖尿病を合併する率が高くなります。アルコール病棟入院時の方の約35%に高血糖があり、それが禁酒によって2週後には15% に減少します。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に | 血管はもっと若返る
https://bloodvessel.biz/archives/113

したがって、アルコール外来を受診する方の15~20% が糖尿病の可能性大なのです。糖尿病が恐ろしいのは、全身のあらゆる血管がつまりやすくなるからです。心臓の血管がつまれば心筋梗塞、脳の血管がつまれば脳梗塞、眼底の血管がつまれば網膜変性症、腎臓の毛細血管がつまれば透析をうけねばならなくなるなど、恐ろしい合併症がえそたくさんあります。

また、足底の血管がつまって壊症をおこし、足首を切断しなくてはならなくなるケースもあるのです。糖尿病の方はカロリーを制限しながら、気長に食事療法をつづけなくてはなりません。お酒を飲むと、酒それ自体が高カロリーですので、この計算はメチャクチャになってしまいます。
おまけにアルコールはインスリンを生産するおおもとのすい臓をやっつけるのですから、糖尿病と診断されて酒をやめない人はダブル・パンチで自分のからだをいためつけている理屈になります。

「糖尿病には糖分の多いビールやワインはNGですが、ウィスキーならよい」という俗説を信じて、酒をやめない人も多いようです。しかし、どんなお酒であっても、アルコール1gは7kcalの熱量をもっています。お酒を飲んだら、その分だけ食事を減らさなくてはならないのです。医師の指導のもとに、まだインスリンは使用せず、食事療法だけですんでいる軽度の糖尿病の方あれば、3単位(ビール660ml、清酒二225ml、ウィスキー150ml)以下の以下のアルコールであれば認めようという、やさしい医師もいます。

このような、アルコール症と糖尿病とにくわしい先生の指導に忠実に従える方であれば、この程度のお酒は飲めるかもしれません。
しかし、酒を飲んで成人病になるような人は、とかく酒にたいしての欲求が人一倍強いものです。そうした人が、意志の座である大脳新皮質のブレーキをまっ先に麻酔させるアルコールの魔力に、はたして抗しうるものでしょうか。

とくに、インスリンの投与が必要な重症の糖尿病の方が飲酒することは、危険な低血糖発作をおこした場合に酩酊との区別がつかず、手当てが遅れて低酸素で脳がやられ、植物人間になることすらあるのです。

血糖値が高い人は飲み過ぎ、食べ過ぎの時だけ糖質カット酵母「パクパク酵母」くんを利用する方法もありますが、基本的に飲み過ぎをこの糖質カット酵母だけで処理するのは困難でしょう。

アルコール症で入院したことのあるような依存症の方になると、その半分がインスリン注射の必要がある人たちです。なかにはインスリン注射を打ち、そのあとごはんも食べずに酒を飲む方がいて、急死する例も多いのです。

特に、自制力にとぼしい方にはだんこ禁酒をすすめています。「おれはアルコール症ではないし、自分のからだのことはよくわかっているから大丈夫だ」と、糖尿病といわれながら酒を飲んでいるあなた。やがて心臓がとまる、目がつぶれる、足が腐りおちる、脳卒中になる、透析をうけねばならないと知れば、これだけ知れば、きっと今夜から酒がやめられるにちがいありません。

お酒と血圧

お酒と血圧の関係性

お酒と血圧の関係性はとてもわかりやすいものです

お酒を飲むと末梢血管がひろがって顔が真っ赤になったり、脈が速くなって心臓がどきどきするなどすぐに循環器に影響があらわれます。

飲酒によってはじめは血圧が下がりますが、その後は時期によって上がったり下がったり動揺します。1単位程度の少量の飲酒(ビール大びん1本、清酒なら1合、ウィスキーではダブル1杯) は、善玉コレステロールをふやして動脈硬化をふせぐ効果があり、ほかにも血小板の凝集を抑えて血栓をできにくくするはたらきがあります。
しかし、これはあくまでも1単位の少量の飲酒の場合で、念をいれて10単位以上も予防薬を召しあがるのは問題です。亜アルコール症の方は、入院時にその53% が高血圧になっています。入院して酒を断つとその80%で血圧が下がってきますが、ここでこまった問題がおこってきます。

酒が切れる離脱期には血小板数がふえ、その凝集能がたかまって血栓ができやすくなり、その結果、脳梗塞や心筋棟塞がおこりやすくなるのです。
とくに、アルコールは30代や40代で脳棟塞をおこす人の危険因子になりやすいといわれています。

たとえば、寒い北陸の地で出陣のたびに愛用の大盃を3杯傾けていた大酒豪の上杉謙信は、48歳のときに脳卒中で死亡しました。

以下は、アルコール依存症方の予後調査です。退院後の死因の第1位は肝硬変の27.8% ですが、2位で24.4% の心疾患と、4位で9.8% の脳卒中をプラスした循環系の病気の死亡率は、計34.2% とダントツです。また、日本ではは肝硬変による死亡率よりも脳棟塞による死亡率のほうが飲酒量の増加と深いかかわりをもっているといいます。

欧米のアルコール症は肝硬変で死亡する率が高いのですが、日本のアルコール症は脳卒中で死亡する率のほうがずっと高いのです

アルコール依存症の退院後の死亡統計
  • 肝硬変(27.8%)
  • 心疾患(24.4%)
  • 脳卒中(10.2%)
  • 事故(9.8%)
  • アルコール精神病(3.9%)
  • 食道ガン(3.4%)
  • 胃・十二指腸潰瘍(2.9%)
  • 胃ガン(2.4%)
  • 咽頭・喉頭ガン(2.4%)
  • 肺ガン(2.0%)
  • 肝ガン(2.0%)
  • 膵炎(1.0%)
  • 糖尿病(1.0%)
  • 肺炎(1.0%)

アルコール性心筋症

お酒を飲んで翌朝突然死するケース

心臓病とお酒の関係性

前の晩にこっそり酒を飲み、翌朝ふとんのなかで亡くなっているのを家人に発見される急死例が意外に多いのです。アルコール症には飲酒中や飲酒後の急死事故が多いのです。こうした急死例は、アルコール症の離脱期には血栓ができやすくなるので、心筋棟塞をおこすのであろうとか、あるいは飲みっばなしになるとひどいビタミンB1不足がおこるため、むかし脚気の主な死因だった脚気衝心とよばれる心不全がおこると考えられてきました。

しかし、栄養状態もよく、ビタミン投与をうけている大酒家にもこうした心不全はおこります。そこで、まれではありますが、アルコールで直接心筋がやられる「アルコール性心筋症」のあることがわかってきました。これは、ふだんは飲酒後に動悸や軽い息切れ、期外収縮を認めるくらいの軽い症状ですが、進行すると大酒後に突発性の呼吸困難の発作がおこり、急死する恐ろしい病気です。

多発性神経炎

そのほか突然死を招くお酒が原因で引き起こされる病気

その他の突然死

アルコールは、神経系のように脂肪に富んだ組織によくなじむ麻酔剤です。そこで、直接末梢神経をいためつける可能性があります。しかも、体内のアルコールを分解・排泄するためには、神経系の栄養剤であるビタミンB類(ビタミンB1、B2、B6 、ニコチン酸、パントテン酸、ビタミン12)をたくさん消費します。

したがって、ろくに栄養もとらずに飲みっばなしになっているようなアルコール依存症の方には、ビタミン欠乏による末梢神経炎のおこることが知られています。

事実、アルコール症で入院した350例中の約7% に末梢神経炎がみられました。この病気の病状は、両足のしびれ感にはじまる知覚障害から歩行障害へとすすみ、さらに進行すると上肢までもおかされて、ついには車イスが必要になる重症例も少なくありません。

たとえば、はじめは分厚いたびをはいたような知覚障害があり、スリッパがぬげやすいと訴えていました。そのうちにハシゴから落ちるようになって足場をつかう仕事ができなくなり、ついにはみえない手袋をはめているように手先の感覚までがなくなって、細かい仕事ができなくなりました。

断酒してビタミン剤を大量にのんだ結果、1半年もすると上肢の感覚障害はなくなりましたが、下肢の知覚・運動障害は残り、また下肢の痛みをともなう異常感覚はどうしてもとれませんでした。

この方は一度でこりて断酒しましたが、アルコール外来を受診するのが遅れたので、末梢神経炎は残ってしまいました。飲みだすととまらないアルコール症の方のなかには、こうしたエピソードを何回もくり返して、ついには松葉杖から車イスになるケースもまれではありません。

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アルコール症になりやすい性格

依存症になりやすい性格

依存症になりやすい性格の場合、事前に注意することも必要です。

毎日、大量にお酒を飲んでいるのにアルコール依存症にならない人となる人の違い

動物実験の結果からは、四六時中大量のアルコールをあたえれば、だれでもがアルコール依存症になることになります。しかし、人間の場合、実際にはいくら大酒を飲んでも依存症にならぬ人があり、たいした量でもないのに依存症になる人がいます。

では、アルコール依存症になりやすい人格や性格の傾向はあるのでしょうか。日本のアルコール症の断酒会員も、「心の誓い」のなかで、まず自分の酒への逃避傾向を認めて改善を誓っているのですが、精神分析の本場のアメリカでは、アルコール依存は現実の社会に適応できず、飲酒によって幼児期に過行して現実から逃避をはかるというパターンで説明されています。

その説明としては乳児期の口唇愛傾向を強調するものと、幼児期の潜在性同性愛傾向を指摘する学派とがあります。
このうち、口唇愛傾向とは、わかりやすく説明すると、アルコール依存症になりやすい人には自我が未発達で甘えん坊、依頼心が強く、情緒的にも不安定な「依存的人格」の人が多く、まるでほ乳瓶をくわえてすやすや寝込んでいる赤ん坊のようにウィスキーのボトルにしがみつくという学説です。

アルコール症の方が酒におぼれる理由は、人によってさまざまです。こうしたみかたが一部はあてはまるとしても、すべてを説明できる学説ではありません。

また心理テストによって、一定の性格傾向をもとめた研究も多いのですが、アルコール症になりやすい依存的性格として特別にこれといったものはでてこないといえます。

悲しいお酒の問題点

悲しみを紛らわすために飲むお酒にはさまざまな問題点を抱えています

悲しみを紛らわすお酒は、楽しいお酒より依存症になりやすい

女性には、夫との離婚や死別など、愛する対象を喪失した心のいたでを酒でまぎらわしているうちに依存になってしまう人が少なくないようです。これは対象喪失の「悲しい酒」の典型です。

「ひとり酒場で飲む酒は別れ涙の味がする」
この歌を絶唱するたびに涙を流していた美空ひばりは、離婚にはじまり、つぎつぎに肉親をなくすという悲運にみまわれました。
最愛の対象を失うことを、精神分析学では「対象喪失体験」というのですがこうした悲痛な体験をなんとかまぎらすために深酒に走る人は多いのです。

酔うほどに、もうろうとして気持ちもすこしはらくになり、酔いつぶれて寝こんでいる時間だけは悲しみを確実に忘れることができます。

美空ひばりは毎夜ブランデーや焼酎をあけるようになって命を縮め、「三人娘」のもう1人、江利チエミも離楯の傷心から立ちなおれずに孤独の死をとげました。

女性のアルコール症の方に行ったアンケート調査をみても、女性では、男性のアルコール症にくらべて自律神経失調や神経症傾向、抑うつ傾向、ほかの薬物依存の合併症などが明らかに多くなっています。
また飲酒パターンとしては、男性アルコール症の方のほとんどが20代までに酒を覚えるのにたいし、女性では30歳以上の初飲年齢が4分の1以上いました。

最近は、みるからに気の強そうなタレントがCMで「女性にビール、もう常識でしょう」と怒ったようにいう時代になりましたが、この調査の行われたころは女性の社交的飲酒は少なく、精神的ショックから酒に走る場合が多かったのです。つまり、女性の酒はおくてで、楽しい酒よりも悲しい酒であり、心のいたみを晴らすための精神安定剤がわりにお酒をガブ飲みする結果、アルコール症になるという状況でした。

最近のヤングの飲酒人口の男女比は完全に1対1になり、いまや週末の都心の居酒屋は若いOLたちに占領されて、若い男性サラリーマンはスミのほうで小さくなっています。

結婚難も男性のほうが深刻ですし、失恋でメソメソするのも若い男です。「悲しい酒」は男のものになったのかもしれません。男性は、アルコール症にならぬように気をつけたほうがよいでしょう。卑弥呼の時代から、倭人は葬式で酔い泣きしていました。人は耐えがたい心のいたでを酒でまぎらしますが、長期間アルコールに依存するのは危険なのです。

危険な飲みかたのいろいろ

神経を使う仕事をしている人は依存症になりやすいとの報告

依存症になりやすい危険な飲酒パターン

「ノミニケーション」とかいって、とかくサラリーマンには接待酒、つき合い酒が欠かせません。

かつて、やるせなさそうな真顔をとたんに愛想笑いに切り換えるCMがありましたが、自分を殺して飲む酒のホロ苦さが、宮仕えの身にいたくしみたからでしょう。
また、秒きざみでビリビリ神経をはりつめているテレビ関係者も、いきおい番組が終わると夜の街にくりだすことになりがちですが、これは、公演の打上げに役者高が乱痴気騒ぎをするのとおなじ心理でしょうか。

こうして芸能人やマスコミ関係者にお酒の強い人が多くなるのですが、与太郎を演じながら客の笑いばかりを気にしている落語家も、おなじくストレスの多い商売の代表です。気をつかいすぎて神経性脱毛症になった圓蔵師匠や、突拍子もない奇行で発散していた故林家三平師匠は有名ですが、彼らの気づかいや奇行も商業上のサービス精神と結びついていて、どこまでがつくりで、どこまでが地なのか、本人にもわからなくなっている気味もあったようです。

大喜利で毒舌とキザを売りものにしていた小円遊師匠も、肝硬変で若死にしました。がんらいが小心な照れ屋なのに、正反対のポーズをとるのですから、酒でごまかさねば神経がもたなかったのではないでしょうか。

長いあいだアルコール症の人とつき合っていると、彼らには洒の力」借りねば文句のひとつもいえぬという、対人恐怖症的な人が多いことに気づかされます。テレビ対談などを聞いていると、青年期の対人恐怖症を克服して演技派とよばれるようになった名優も少なくないようですが、このような積極的な姿勢をとらず、いたずらに酒に逃避しているのは、あぶない飲みかたなのです。

自虐的な酒も危険
すっかりサラリーマン化した現代の流行作家とちがって、私小説を書いていた戦前の文士のなかには後年アルコール症になった人がたくさんいました。

梅崎春生は、酒の入手が困難だった戦時中にも酒を欠かさず、肝硬変で禁酒を命じられていながら飲みつづけました。「火宅の人」を書いた無頼作家檀一雄も、自己嫌悪にさいなまれながら酒と愛欲との自分の生活を材料にペンをとる、すさまじい生きかたをした人です。

情緒不安を静めるトランキライザーがわりに酒を飲むタイプが少なくありません。

破滅型作家の代表の太宰治も、錠剤をガリガリかじりながら自虐的な酒におぼれました。飲むと「恥ずかしい」が口癖で、自殺未遂をくり返したすえに、玉川上水で心中自殺をとげました。

大正から昭和にかけての私小説作家は、自分自身を材料に掘り下げるので、つい苦しくなって酒に逃げたものでしょう。精神分析医となるために、みずから患者となってスーパーバイザーの教育分析をうける訓練がありますが、このようなときに自分の欠点ともろに対決させられてうつ状態になることがよくあります。これも似た状態といえそうです。人間には自尊心があって、自分の欠点はなるべく意識しないようにしています。だからこそ精神衛生がたもたれているのです。

アルコール症になる人は、デリケートで、ほんとうは自分の欠点に敏感で、自分のけつちゆうみにくさが許せないから酒を飲むのでしょう。自分の欠点とてきとうに折りあえる人のほうが適応もよく、アルコール症にならずにすむのかもしれません。

アルコール症に至るまで

アルコール依存症、アルコール症、アルコール中毒とは

アルコールに関連する病気のそれぞれの特徴

アルコール依存症、アルコール症、アルコール中毒の違い

アルコール依存症とはすでに心理的・身体的依存におちいっている段階、アルコール症とは心理的依存で身体的合併症をおこしているものをいいます。
以前は2つを区別せずに慢性アルコール症、俗に「アル中」とよんでいました。

戦前は、アル中や麻薬中毒の状態を総称して「薬物嗜癖」とよんでいました。「薬物嗜癖」とは、習慣性をきたしやすい麻薬などの薬物をくり返しもちいているうちに、

  1. だいに増量しないと効かなくなり(耐性獲得の段階)
  2. そのくすりを得るためには犯罪も辞さぬという強烈な欲求を生じ(心理的依存の段階)
  3. くすりを断つと激烈な禁断症状がでる(身体的依存の段階)

へと、段階的にすすんでいく病気であると考えられていました。そして、ヘロインのような麻薬だけが、心理的・身体的依存をおこすとされていました。

薬品名 心理的
依存
身体的
依存
耐性
獲得
モルフィネ型 モルフィネ、ヘロイン、生アヘン、合成麻薬、コカイン 4 4 4
バルビタール型 コカイン、クラック 3
大麻型 マリファナ、カンナビス、ハッシッシュ 2
アンフェタミン型 覚醒剤(ヒロポン)、ぜんそく剤、やせ薬 3 2
カート型 東アフリカ産の植物で覚醒剤類似作用をもつ 2 1?
幻覚剤型 LSD、STP、シンナー、サイロシピン、大麻 2 +?

しかし、終戦直後の覚せい剤の流行にはじまって、その後、睡眠剤から精神安定剤、幻覚剤などさまざまな薬物が嗜癖の対象になってきたのです。このなかには、身体的依存をおこさない習慣性の薬物もふくまれています。
しかも、麻薬のなかにもコカインのように禁断症状のないものがありますし、反対に嗜癖品であるアルコールが麻薬にも劣らぬ激烈な禁断症状をおこすなどの矛盾が明らかになってきました。

たがって、現在ではこれらの嗜癖性薬物や習慣性薬物のすべてをふくむ広い概念として「薬物依存」という用語がもちいられ、禁断症状は「離脱症候群」もしくは「退薬症候群」とよばれるようになっています。「禁断症状」といったほうがわかりやすいかもしれません。

依存症の前段階

依存症になる前の段階のサイン

健康飲酒からアルコール依存症になるとき、その前段階のサイン

アルコールを飲みつづけていると、飲む量のふえる時期がやってきます。「手が上がった」などと喜んでいる人がいますが、これが依存症への第一歩、「耐性獲得」の段階ぺ睡眠剤や精神安定剤にくらべて、なのです。もっとも、アルコールはこの耐性獲得のもっともおこりにくい薬剤です。アルコールが優秀な睡眠剤であるといったのは、この意味です。

しかし、夕方になってネオンがつくとそわそわし、帰宅の途中で飲み屋に立ちよらねば気持ちがおちつかないようになれば、立派な「心理的依存症」の段階でしょう。

こうして、夜の酒をうまく飲むために昼食をそばだけにして腹を空かせておくなど、万事がお酒中心にまわりはじめ、そうした生活を十数年もつづけていると、ついにはからだがアルコール分なしには働かない「身体的依存」の段階へと突入します。
身体依存をおこすまでの期間は、飲みかたや個人差でちがいますが、毎日5合以上の大量のアルコールを飲みつづけた場合、五年から10年で禁断症状が怒るようになります。

このような大酒家が、虫垂炎などにかかって外科病棟に入院した場合、その晩から一睡もできず、3日めの夜からは恐ろしい幻覚が襲う「振戦せんもう」という代表的な禁断症状がおこってきます。これは、いままでアルコールで飽和されていた大脳におこる激烈な失調症なのです。

アルコール依存症とは、じつのところ「脳のアルコール症」ということになるのですが、飲酒によって、大脳だけでなく肝臓やすい臓、心臓など多くの臓器にも障害が怒ってきます。アルコールはこのように多くの内臓をまきこむ病気をつくるというのが、「アルコール症」の概念なのです。
つまり、アルコール依存症が「脳のアルコール症」だとすれば、アルコール症とはアルコール関連性成人病、つまり「からだのアルコール症」と考えてよいでしょう。

アルコール症に移行するさ危険信号(大事なサインがある)

アルコール症に転落するには精神的な問題のほうが大きいのです。アルコール症回復者たちの自発的な集合に断酒会というものがあります。この合の冒頭に会員が斉唱する「心の誓い」にも、「私は断酒会に入会して酒をやめました。これからはどんなことがあっても酒でうさを晴らしたり、卑怯なまねはいたしません」という文句があります。つまり、うさ晴らしの酒に逃避していた自分の消極的態度を認識することから、アルコール症の治療ははじまるのです。

スナックやカラオケで上司の悪口を肴に酒を飲むのはサラリーマンの無上の楽しみかもしれません。しかし、あまり度がすぎて、まわりをへきえきさせるようになると危険信号です。

「はじめは、まわりを楽しくさせるよい酒でした。それがだんだんに不平不満を発散させる酒にかわり、気がついたら1人で飲むようになっていました」これは入社時「会社のホープさん」といわれながら、アルコール症になったさる商社マンの述懐です。

日本の多くのビジネスは、とかくアフター・ファイブの商談で決まるしくみが多々あります。島国で、ムラ社会の身内意識が多分に残っている日本では、いままで取引のなかった会社とこれから新たに対人関係をもつかどうかは、アルコールのはいった本音の宴席で吟味されるからなのでしょう。

そこで、日本のサラリーマンは、商談の接待酒、会社内のつき合い酒に個人的なストレス解消の酒と、アルコールなしには1日も機能しない「アルコール・ソーシャル・システム」に、がっちりとりこまれるとになります。

酒が仲間との対人関係の潤滑油になっているうちは無事なのですが、うっぶんばらしの酒でかえって対人関係を損ね、ついに1人でヤケ酒をあおるようになってきた人は要注意です。

もともと飲酒への逃避をおこしやすい性格や、内心の不安をまぎらわすために酒を飲むようになる性格はより危険です。

アルコール症や依存症にならないお酒の飲み方(1日の飲酒量)

1日の飲酒を2合(360cc)以内にする

まず、第一は、1日のアルコール処理能力をこえた大量のお酒を飲まないことです。個人差やその日の健康状態によって多少の幅がありますが、いっぱんに健康な成人男子のアルコール解毒能力は、体重てロ1kgあたり1日2.4gとされます。

体重55kgの人の場合、1日のアルコール処彗旦は130ml(清酒換算で4.7合)となります。

したがって、1日150ml(清酒5.4合)以上の飲酒をつづける大量飲酒から、とうぜんアルコール症の発生率は高くなります。

ところで、国内の酒類の年間消費量の推移から、大量飲酒者がどのくらいいるかをみることができます。これは、民族のような大集団になると、その飲酒量は正規分布するという原理によるものです。
つまり、その集団の酒類の平均滑費量を知れば、その集団の大量飲酒者の数が自然に推定できるのです。

1955年から1991年までの36年間の飲酒人口と大量飲酒者の数の推移は、高度成長によるGNPの伸びとともに酒類消費量と大量飲酒者の数は急激に増加しました。1982年ごろから190万人の飽和状態に達して伸び率はにぶくなりましたが、最近では230万人をこえています。

ところで、体内にはいったアルコール分は、もっぱら肝臓で分解されて排泄されます。そこで、この大量飲酒者たちは毎日肝臓を酷使していることになります。

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https://memodiary.wp.xdomain.jp/archives/320

体重60kgの平均的な日本人が1時間で分解できるアルコール量は6.6gで、これは清酒、50ml、(ウィスキーで20ml、ビールは180ml)にあたります。

400ml(2号強)の清酒が体内から完全に排泄されるには長めに見積もると8時間かかることになります。
したがってアルコール分を翌朝に残さないようにするには1日の飲酒量を2合以内に抑えることが大切でこれが健康飲酒の第一条件です。

もちろん、この処理能力は年齢とともに低下します。とくに肝障害をおこして肝臓の機能が50%に低下すると、清酒2合でも4合以上の大量飲酒を行ったのと同等になります。酒のために肝臓をこわしたような人は、キッパリと酒をやめることがだいじです。

週に1~2日は飲まない日をつくる

もうひとつ、四六時中アルコール分が体内に残っていることが、依存症をおこす必須条件でした。この意味で、二日酔いの朝に「迎え酒」をするなどは、アルコール症志願の自殺行為ですし、たとえ休日であっても朝から飲酒する習慣は、アルコール症になって身代をつぶす近道です。

週に1回は体内から完全にアルコールを追いだす「ドライ・デイ」休肝日をもうけることがアルコール症の予防につながります。
四六時中アルコール漬けになっていると、中枢神経系がアルコール分なしにははたらかなくなり、急にアルコールを中断すると自律神経系をもふくめてパニックをおこします。これが、いわゆる禁断症状のメカニズムです。

清酒換算で盲5.4合以上のアルコールを飲んでいる大量飲酒者の場合、体内のアルコールを完全になくすのにおおよそ48時間かかります。そこで、アルコール学会では、週のうちつづけて2日間の休肝日をもうけるよう指導しています。しかし、毎日が2合程度のお酒であれば、まる言問のドライ・デイでも十分でしょう。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に
https://bloodvessel.biz/archives/113

飲み始めると止まらなくなってしまう

飲みはじめるとどうしてやめられなくなるのかを考えるときに、実験中央動物研究所の柳田氏が行ったアカゲザルの実験が非常に理解しやすいと言えるでしょう

医学の研究のなかに、ヒトの病気と似た精神病様状態を動物におこさせる実験精神病理学の領域があります。たとえばサルがせっせと麻薬を自分の腕に注射する状態をつくれば、「麻薬中毒ザル」ができたことになります。
麻薬のかわりにアルコールを使用すれば、とうぜんアルコール症または、アルコール依存症のサルができます。

ところで、サルがいくら人真似に長けていても、静脈注射までは不可能です。そこで、あらかじめサルの静脈内に細いビニール管(カテーテル)を固定して、それを皮膚に縫いこんでおきます。
そのカテーテルの端をサルに背負わせたランドセル内の自動注入装置に結びつけます。パイロットランプがついているあいだにサルがオリのなかのレベーを何回か押すと、その信号がランドセル内の自動注入装置に送られて、なかから1回分のアルコールがサルの静脈内に注入されるというしくみになっています。

こうした装置によってサルにアルコールの酩酊感を学習させると、4週間後には、サルはやっきになってレバーを押しつづけるようになり、こうして、アル中のサルのできあがりです。

このような依存成立のメカニズムについては、J・オルズの動物実験があります。オルズ氏によると、脳の視床下部、正中前脳束の投射領域には「快楽中枢」があるそうです。

ネズミの快楽中枢に埋めこみ式電極をセットし、オリのレバーを押すと電流が流れる装置をつくると、ネズミは夢中になってレバーを押し続け、快楽中枢に電気刺激をあたえるようになるそうです。

オルズ氏の主張する快楽中枢の場所とは、ノルアドレナリンによって作用のおこる領域です。覚せい剤の効果もノルアドレナリンの動員作用ですから、オルズ氏の見解も否定できません。

オルズ氏の実験は薬物依存の本質にせまる興味深い研究でしたが、彼が亡くなってしまったので、快楽中枢説の評価はうやむやになってしまいました。

柳田氏のアル中のサルの実験も、脳のなかにどこか飲酒の快楽中枢があって、サルはアルコールの注入によってその快楽中枢を刺激しっづけているとも考えることができるでしょう。
柳田氏がアルコール症のサルをつくるのには4週間を要しましたが、もっと体重の軽いネズミなどの小動物は、かんたんにアルコール症になります。
たとえば、ネズミに大量のアルコールをあたえつづける「急速飽和実験」を行うと、わずか数日で、アルコールを断つといわゆる禁断症状をおこす「アルコール症」になってしまいます。つまり、朝から酒を飲みっばなしで、四六時中アルコールが切れないような飲みかたが、アルコール症になる近道なのです。

酒飲みがアルコール依存症に変わってしまうのは

問題飲酒とは、要するに自分で自分の飲酒をコントロールできなくなっている状態です。アルコール症やアルコール依存症などの区別や定義はありますが、たんなる大酒飲みだった人がアルコール症やアルコール依存症にかかわる境目は、飲みだしたらとまらない「連続飲酒発作」にあります。

この「連続飲酒発作」こそアルコール依存症の本質なのです。では、どうしてこんな状態がおこるのでしょうか。「わかってはいるけれどやめられない」とよく言います。

「明日の仕事にひびくから、もうこれで切りあげよう」と思うのに、ついもう一軒とハシゴをしてしまう心理これは酩酊によって意志の中枢(大脳の新皮質)がまっさきに麻酔してしまうので、もう一杯飲みたいという欲求にブレーキが効かなくなる状態なのです。

したがって、まだブレーキが効く量でキッパリ切りあげる習慣さえまもれば、アルコール依存症にはならないことになります。

ところが、「つい悪友に無理強いされて」「会社でおもしろくないことが重なって」、あるいは「祝い酒の度がすぎて」など、肝臓の解毒能力をこえた飲みすぎをつづけているうちに、泥酔から覚めてもまた飲みなおし、数日間飲みつづけるという「連続飲酒発作」がおこってきます。

こうした状態になると、当然会社も休んで、食事もとらず、カーテンを閉めた部屋で、嘔吐して胃が酒をうけつけなくなるまで飲みつづけることになります。

あとで本人に聞くと、飲んでも苦しくなるばかりなのに、病院にかつぎこまれるまで飲みつづけずにはいられなかったと口を揃えます。

酔って人が変わるように変化するケース

泥酔してやたらにからんだり、人がかわったようならんぼうな口をきく人のことを、俗に「トラになった」といいます。これは、知性の座である大脳新皮質のブレーキがアルコールで麻酔されて、その人が本能の座である旧皮質の欲求・攻撃行動に支配されるままの「野獣」と化した状態になるからで、「トラ」というのはいいえて妙です。

この手の人は、翌朝、都合の悪いことになると「覚えていない」といいはりますが、実際には、とぎれとぎれの記憶のあることが多いのです。
しかし、本人にまったく記憶のない「ブラック・アウト」といわれる状態がひんばんにおこるようになったら、危険信号です。

通りがかりに店の看板をもってきてしまい、あとで謝りにいくうちはご愛敬ですみます。しかし、この時期に人がかわったように狂暴になって、ふだんでは考えれないような傷害や強姦、あるいは殺人事件をひきおこして、精神鑑定にまわされるケースもあるからです。

1950年代後半、泥酔のうえで日ごろ仲の悪かった同僚を殺し、死体を勤務先の化学工場の大きな硫酸槽に投げこんで溶かしてしまった事件があり、その精神鑑定をもちこまれたことがあります。

彼は、こんな手のこんだ隠蔽工作をしながら、事件の記憶がまったくないといいはっていました。鑑定人が「再現実験」が大学病院の一室で行われました。再現実験とは、事件当日とおなじ酒量を飲ませ、精神状態になるのかじっさいに観察することです。

素面の彼は、一流会社のエリートらしくいんぎんな物腰の紳士で、「教授にお酌していただいて、昼間からお酒をいただくなど申しわけありませんね」と恐縮しながら盃を重ねていました。しかし、このようにバカていねいな、つまり過度に礼儀正しい人は、じつは内面の強い攻撃性をかくすために自分を偽っていることが多いのです。
つまり、精神分析でいう「反動形成」を行っているから要注意です。

はたせるかな、4合近く飲んだころから、「ああ、監視つきで飲むなんて、うまくもなんともないや」とチラッと本音がでて、こちらをギクリとさせました。その直後、突然「ウォー」と猛獣のように抱えたかと思うと、あいだにあったテーブルを飛びこえていきなり鑑定人につかみかかりました。

小柄な鑑定人はヒラリと身をかわすと、いちもくさんに部屋から逃げだし、とり残された鑑定助手の悲鳴で数人の教室助手がかけつけ、荒れくるうこの人をやっとのことでとりおさえました。

病的酩酊というのは、このケースのように、ある瞬間からまったく人がかわったよぅな狂暴な状態となるものです。しかもそのあいだの記憶は完全になくなっています。

ドイツの犯罪精神医学者は病的酩酊を飲酒によって誘発されたてんかん性「もうろう状態」だと考えています。

ふつうの単純酩酊(いわゆる酔っぱらい)では、酔って意識水準が低下するのとあわせて、運動神経の麻痺もすすんでいます。
舌はもつれ、千鳥足となり、やがて座りこんで寝てしまいます。しかし、病的酩酊では、意識の混濁はひどいのに、運動麻痔がおこるどころか、かえって敏捷になるケースさえあるのです。だからやっかいです。

もうひとつ例をあげてみましょう。もとトラックの運転手。酒がはいると動作がかえって敏捷になり、まず家族が逃げだせないようにマンションのドアをチェーンでロックします。
つぎに110番へ通報されないよう電話線を切断し、家族の悲鳴が聞こえないようにテレビのボリュームをいっぱいに上げるという準備をととのえます。

それから、恐怖におびえる妻子をすわった目でなめまわし、集めた刃物類をひねくりまわすという、聞くだけで恐ろしいケースがありました。包丁をとり上げようとして、妻が手のひらに大けがをし、外来に抗酒剤をもらいにあらわれたこともあります。

しかし、こんなものすごい事例はそうあるものではありません。一般的な事例では、自宅に帰るつもりが、なんと反対方向の電車に乗ってしまい、さらにバスに乗ってある停留所でおりたそうです。まだ自動販売機のない時代でした。タバコが吸いたくなったのか、彼は閉まっているタバコ店のガラス戸をたたき破り、びっくりしてでてきた店主の首をいきなりしめて警察に保護されたのです。

ハシゴした3軒目からの記憶はまったくありませんでした。まだ当時はこの種の酒の上の武勇伝に警察が寛容な時代でした。
店の主人が「なにもおぼえていないというのだから、許してあげてください。店のほうはガラス代さえ弁償してもらえばいうことはありませんから」と口をそえてくれたので、以後、アルコール外来に通うことを条件にこの事件は始末書ですみました。

しかし、最近は身柄を拘置されて、器物破損、傷害罪で起訴される場合もあるのですから、病的酷酎の傾向のある人は注意しなければなりません。

こういう人はあんがい身近にいるものです。酒癖が悪いと評判の同僚や部下がいたら、まわりの人は彼の酩酊時の武勇伝をよく調査して、宴会ではあまり飲ませないようにしてください。

万一、酩酊してきたら、屈強な若手を2~3人もつけて自宅まで送りとどける配慮が必要でしょう。ともかく、異常酩酊の傾向のある人が、顔面蒼白となり、目がすわり、ふだんとはちがう大声をだしてからみはじめたら、さっそく適切な処置をほどこす必要があります。事件をおこしてからでは、あとの祭りなのです。

二日酔いの原因と二日酔いにならない飲酒方法

二日酔いのいろいろな症状がどうしておこってくるのかについては、アルコールの代謝過程について説明が必要です。胃のなかにはいったアルコールは、30分ぐらいで約3割が胃から吸収され、胃内で乳び状になった残りが小腸から吸収されます。
小腸で吸収され血液中へ移ったアルコールの濃度は、お酒を飲んだあと60分~90分でピークに達します。

血液中のアルコールは、肝臓のアルコール脱水素酵素(ADH)によって分解され、まず、アセトアルデヒドになります。中間代謝産物であるこのアセトアルデヒドは、さらにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によさくさんって分解されて酢酸になり、ついには炭酸ガスと水にまで分解されて尿として排泄されますが、この分解・排泄過程が全部終わるまでにはかなりの時間を要するのです。

アルコールの代謝経路

アセトアルデヒドが血液中にいつまでも残ると二日酔いになります。日本人にはALDHの活性の低い人が多く、悪酔いしやすい人が多いのです。

アルコールの代謝経路
アルコールの代謝経路

上図は、アルコールの代謝系路を示したものです。体内にはいったアルコールは、約80% がこの経路で分解されています。

2つの酵素、とくにアセトアルデヒド脱水素酵素のはたらきが悪いと、血液中にアルコール分や有害なアセトアルデヒドがいつまでも残ることになるので、悪酔いをおこしてきます。
中間代謝物質であるアセトアおしんルデヒドは、それ自体で悪心、嘔吐、呼吸促柏、心悸亢進をおこすなど、アルコールより数倍も強小生体反応をおこす有害物質なのです。
現在、アルコール依存症の方の治療に用いられている、酒の飲めなくなる薬(抗酒剤)は、おもにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)のはたらきをブロックする薬理作用をもっています。

少量の酒ですぐ顔が真っ赤になる人(フラッシングタイプ) は日本国内に47% もいます。このタイプのほとんどいない白人や黒人にくらべてとりわけ多い数字です。
これは、日本人にはALDH の活性の低いD型と、活性の高いN型の遺伝子とがまじりあって存在するからです。

日本人のなかには、N型同士の両親から生まれた酒の強いNN型が約5割、D型とN型の組み合わせの酒の弱いND型が4割いて、残りの1割はまったく酒の飲めないDD型とされています。
このDD型の遺伝子のもち主は、たえず抗酒剤をのまされつづけているようなものです。つまり、中間代謝産物であるアセトアルデヒドをいつまでも分解できないので、すこしのお酒で顔はすぐ真っ赤になり、心臓はどきどきし、頭が痛くなり、気分が悪くなって、ついには吐くことになるのです。

このように中間代謝物質アセトアルデヒドのおこす症状が二日酔いの状態にひじょぅによく似ているので、この物質が二日酔いの原因物質と考えられてきました。
大学教授で医学生に清酒5合を飲ませたあと、血液中のアルコールとアセトアルデヒドの濃度を時間を追って測定する実験を行っています。

日本酒5合を飲んだあとの血液中のアルコールとアセトアルデヒドの濃度の時間による変化

清酒5合とは、健康な成人男子の最大処理能力をすこしこえた量で、いっぱんに1日5合以上の酒量をもつ人を大量飲酒者として分類しています。

さて、この医学生の血液中のアルコール濃度は、上図のようにお酒を飲んで90分でピータに達し、その後しだいに下がっています。

これにたいして、血液中のアセトアルデヒド値は、なだらかに上昇して5時間後に最高値に達しています。このアセトアルデヒド値の上昇にともなって、たしかに悪心、嘔吐、頭痛など悪酔いの症状がおこってきます。

二日酔いとは翌朝まで血液中にアルコールやアセトアルデヒドが残っている状態のことですから、清酒5合という大量の酒を飲んで翌朝さわやかな気分で目覚めるためには、この図によれば、遅くとも21時ごろまでには飲み終えて、ふだんの時間に就寝しなければならない計算となります。

しかし、じつさいには22時から午前25時まで飲酒したというようなケースが多いのですから、翌朝の出社時や登校時には相当量のアルコールが血液中に残っていることになります。それが完全に体内から排泄されて、やっと気分がよくなるのには少なくとも3時間はかかるでしょう。

もっとも、飲酒量が少なくなれば、お酒の処理に要する時間もとうぜん短くなります。したがって、翌朝の血液中の濃度をゼロにしてすっきり目覚めるためには、最大許容量で清酒なら3合まで、ビールなら3本弱、ウィスキーならグラス7杯までで、それも遅くとも前夜の23までに切りあげる必要があるでしょう。

俗に、糖分の多い酒やチャボン飲みが二日酔いをおこすといわれていますが、これは飲んだアルコールの総量の問題にすぎないのです。
ビールやウィスキー、カクテルなどと酒の濃度をかえると、いくらでも飲めるからです。また、こういう飲みかたをすると、ふだんの適量がわからなくなって、つい総アルコール量がオーバーになるかとそらです。

ついでにいえば、正月の屠蘇のベースはミリンだし、甘いリキュールも30~40度のアルコール分をふくんでいます。したがって、深夜のスナックで仕上げに飲んだカクテル1杯はビール1本に相当し、翌朝はげしい二日酔いに苫しむことになるわけです。

しかし、二日酔いのいろいろの症状は、ほんとうはアセトアルデヒドの残留量だけで説明されるようなかんたんなものではないのです。

京都大学のもと教授は、二日酔いのときの血液中のアセトアルデヒド値がじっさいにはさして高くないことに注目し、動物実験によって、二日酔い多彩な症状がじつはいろんな内臓の急性中毒の複合現象にほかならないことを証明しました。

たとえば、マウスに大量のアルコールを二口飲ませただけで、翌朝にはマウスの脳細胞にふくまれる「結合水」が60% も失われるそうです。

梅酒づくりで青い梅の実を焼酎に漬けるとしわしわに縮んでしまいます。つまりそれとおなじで、二日酔いの翌朝のあなたの脳はそんなに縮んでいるのです。

検査で髄液をすこし抜いただけで頭痛や嘔吐がおこりますが、二日酔いの翌朝の割れるような頭痛は、これとおなじ脳の脱水症状によることがよくわかると思います。

もっとも、二日酔いのこの脱水状態は水分の補給によって回復します。しかし、しばしば大量の飲酒をくり返しているアルコール症の患者さんの脳は、だんだん萎縮してきて、CTスキャンやMRI で調べると、まだ40代なのに60代や70代の大脳のような萎縮像を示す事例が少なくありません。

この脱水状態はとうぜん、脳ばかりでなく腎臓や心臓、肺など全身の内臓にもおこってるので、二日酔いの翌朝はのどがやけつくように渇きます。だから、二日酔いの手当てにはまず水分の補給が第一です。
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これらのほかにも、飲酒の影響はいろいろあります。たとえば、飲酒によって筋肉内のクレアチニンが減り、リン酸代謝が高まります。これははげしいスポーツ後にみられる現象とおなじです。

つぎに、飲酒によって低血糖がおこるので、これを補うために肝臓や筋肉から元気のもとであるグリコーゲンが動員され、また体内のアミノ酸も減ってしまいます。

さらに、アルコールを分解するために大量のビタミンB1が消費され、ビタミン不足になっています。以上のことから、二日酔いとは、大量の飲酒によっておこった脱水、低血糖、からだが酸性になるアシドーシスやエネルギー消耗状態などの複合状態であり、あの、全身から力が抜けるような疲労や困憊が生じるのも当然なのです。