アルコール依存症の治療はなぜ難しい?断酒を成功させる急性期から断酒会までの全プロセス

アルコール依存症の治療はなぜ難しい?断酒を成功させる急性期から断酒会までの全プロセスについてまとめました。アルコール依存症は、本人の意志の弱さではなく、脳の機能変化による「病気」です。治療の難しさを理解し、急性期の除毒から自助グループでの活動まで、回復に向けた正しいステップを歩むことが断酒成功への唯一の道です。

アルコール依存症の治療はなぜ難しい

アルコール依存症の治療が難しい理由を解説。急性期の解毒からリハビリ、断酒会による維持期まで、断酒を成功させる全プロセスをまとめました。回復への道筋を知りたい方やご家族に向けたガイドです。

アルコール依存症の治療の問題点

治療をおこなうにあたっての問題点

アルコール依存症の治療が難しいといわれる理由

精神病には、アルコール依存症のように体の外から入ってくる化学物質によっておかしくなる外因精神病と、多分に素質などがかかわっている分裂病などの内因精神病とがあります。

そのなかで、アルコール依存症ほど原因と治療法の明らかな病気はありません。なぜなら、アルコール依存症をひきおこした本人がお酒を飲まないようにすれば、それだけでいっさいが解決するからです。しかし、これぐらい簡単でありながら、しかも難しい治療はない、ともいえます。

なぜなら、コンビニや自動販売機でお酒はいつでも手に入るからです。どんなに苦労して治療しても、アルコール依存症の人が、1滴でもお酒を口にすれば、それまでの断酒は水の泡となり、ずるずると飲みつづけて精神病院に再入院することになってしまいます。アルコール依存症では、いわば四六時中、一瞬も気の抜けぬ自分の欲望との戦いが続くのです。「禁煙」と貼り紙して、3日ももたずタバコを手にする人はたくさんいますが、これと同じで、生涯にわたって禁酒をつづけられる人は少ないのが現状です。

禁断症状などの急性期の医学的治療は進歩していて、医師の管理のもとに上手にお酒を離脱できるようにはなっています。しかし、慢性期のアルコール依存症のアフターケアや精神療法、社会療法には、障害がまだたくさんあり、これがアルコール依存症の治療を難しくしています。

急性期の治療

急性期=禁断期

急性期の治療はどのように行われるか

病跡学という学問によれば、エドガー・アラン・ポーは、場末の酒場で禁断症状をおこして死亡したことがわかっています。禁断期には激しい興奮がおこるので、かつては精神病院の保護室に収容しなければなりませんでした。しかし、この恐ろしい禁断症状に、抗不安剤であるジアゼパムやニトラゼパムが特効的に効くことがわかってきてから、急性期の治療はかくだんに容易になりました。

日本国内初のアルコール専門病棟には、以前はこの禁断症状のための保護室がいくつかつくられていました。しかし、当時ちょうど開発されたばかりのジアゼパムの注射を入院患者にしたところ、禁断症状をおこす人は1人もいなくなりました。

またかつては、虫垂炎の手術で入院した人などが、急に断酒することになった結果、手術後1~2日めから禁断症状をおこして大騒ぎし、精神病院に転院することも多かったものです。

最近では外科医のほうでも心得てきて、大酒家にはあらかじめジアゼパムやニトラゼパムをのんでもらっておくので、禁断症状はまったくおこらないか、万が一おこっても軽くすみ、外科病棟で十分管理できるようになりました。

禁断症状がおこった場合の治療は、入院当初の3~4日間はジアゼパム(ホリゾン、セルシン) 30mg を3回に分けてのんでもらい、また就寝前にはニトラゼパム20mg をのんでもらいます。体力の弱っている人やお年寄りには、状態をみながら2分の1~3分の1の量に加減します。

くすりをのめない場合は、点滴にセルシンの注射薬を混ぜます。これでせんもうの生じやすい離脱初期をうまくやりすごせたら、徐々にくすりを減らしながら禁断期とそれにつづく刺激期までくすりを続けます。

禁断期の治療が安全になった原因は、この特効薬のほかに、点滴によって禁断期の脱水症状や電解質バランスのくずれを容易に調節できるようになったこともあげられます。

刺激期の治療

急性期を乗り越えると

また飲みはじめてしまう人とやめられる人とは、どこで分かれるか

禁断期が1~2週間で終わったあとの入院1ヶ月後まで、ほとんどの人が不眠を訴え、いらいらして怒りっぽくなり、しまいにはくすりや注射、または外出を要求して落ちつきません。
これを「刺激期」といい、看護師をこまらせます。この刺激期は薬物依存症の人の特徴で、からだがまだアルコールを要求している時期であることを意味しています。

この時期に医師が根負けして外出許可をだしてしまうと、100% 外でまたお酒を飲んでしまいます。その結果、またふり出しの禁断療法からやりなおしたり、そのまま事故退院になってしまいます。

この時期には、精神安定剤を適当にのんでもらいながら、要求を適当に受け流さなくてはいけません。医師は、アルコール依存症の人の体内を身体依存の嵐が通りすぎるまで、忍耐強く待つのです。

刺激期をすぎると、人が変わったかのように落ちついておとなしくなります。そこで、これまでの飲酒について反省させて、精神療法に導入したり、また、抗酒剤をのむための動機づけを行ったり、退院後につながるアフターケアへとつなげていきます。

入院治療と家庭治療の分岐点

入院して治療すべきかどうかの判断、自宅でも可能か?

入院しての治療、家庭での治療はどこで判断すればいいか

ジアゼパムなど禁断症状を抑える特効薬があらわれたので、禁断症状をおこす可能性があっても、薬を服用しながら家庭で治療をつづけることも可能になりました。

ただし、これは、専門医の指導があって、十分に目がとどくという条件つきであり、さらに本人の断酒の決意が固く、かつ体力もあり、四六時中看護する家族がいて、いざというときには近くの開業医の協力もえられるという条件も満たされなくてはなりません。

体力が弱っていたり、内臓の病気があったり、また誘惑にまけて飲む可能性のある人は、専門病院に入院して酒を断ったほうが無難です。

アルコールが切れないように酒びんをかかえこんでいるような身体依存の段階は、やめようと思ってもからだが勝手に酒を要求している状態です。それに、元気そうにみえても、日時や場所の感覚がおかしかったり、意識が少しくもっていて、また足がとられて歩けないような人は、この禁断期に急死することがあるのです。

とにかく、アルコール依存症の人は、自分の体力の限界まで飲みつづけるので、禁断期にはなにがおこるか予測できません。つい誘惑にまけて酒びたりになって、原因不明の急死をとげた断酒会員の事例も決して少なくはないのです。

いまは共働きの家庭も多く、四六時中看護してくれる家族はなかなかいません。また、まさかのときに往診してくれる開業医も少なくなってきました。ですから、家庭で禁断期を乗りきるのは条件的になかなか難しくなってきています。家庭で治療できるケースは希だと思っていて間違いありません。

抗酒剤の処方

抗酒剤のもらい方

抗酒剤でそのうちお酒がきらいになるか

抗酒剤(シアナマイド)をのむと、そのあとしばらくお酒を飲めない状態にはなります。したがって、物理的に酒を飲めなくする抗酒剤だけの治療では、当然のことながら限界があります。それは、酒を嫌いにするくすりではないので、本人が薬をやめればすぐに酒が飲める体にもどるからです。

アルコール依存症の方は、はじめはきちんとシアナマイドをのんでいても、しばらくたつといろいろな理由をもうけて、この薬をのまなくなります。

酒飲みは、酒を飲める体にしておかないと、なんとなくさびしいのでしょう。そして、週1回の「飲酒日」を家族に認めさせ、やがてその週1日が2日になり3日になって、再入院になるケースが多いのです。抗酒剤だけの治療で、5年後も酒をやめていた人は、わずかに数% です。
抗酒剤のその惨たんたる成績は夢のくすりにたいする幻滅をうみ、アルコール依存症は精神科治療の対象にはならないという誤解が生じました。

こうして昭和30年代後半アルコール病棟で新しい治療法を創設するまで、病棟のお荷物的存在のアルコール依存症と精神科医との不幸な対立関係がつづいていました。

考えてみると、アルコール依存症は、もともとこころの病気です。物理的に酒を飲めなくする抗酒剤はあくまで補助手段であって、本人がきっぱり酒をあきらめる決心をつけ、その動機づけを長つづきさせる心理療法が基本になります。

アルコール依存症治療の入り口

家族療法と集団療法

アルコール依存症の治療のすすめられかた

アルコール依存症の治療は、患者の奥さんがまずパニック状態になって来院し、危機介入のかたちで家族療法からはじまることが多いものです。

そして、本人への治療の動機づけを、親戚や友人、上司、ケースワーカー、断酒会員と手をかえ品をかえて行い、外来で断酒できない場合には入院にまでもっていきます。
この場合、非指示的な手法が通用するはずはなく、臨機応変で指示的な手法が必要となります。

無事、本人を入院させてからも、こじれきった家族関係の調整や修復、治療への家族ぐるみの協力体制の確立などを本人の退院までにすませておく必要があります。

また本人については、飲酒に逃避し社会的不適応になっていた自分の問題点を入院中に十分に内省させ、整理させておかねばなりません。つまり、アルコール症の治療は家族ぐるみの治療であり、場合によってはいろいろな精神療法のテクニックをつかい分ける柔軟な対応が必要とされます。

このため、精神療法では限界があります。精神分析が有効なアルコール依存症はわずか6.7% にすぎず、それも社会的に高い階層の人ににかぎられるといいます。
このように、分析医からもカウンセラーからも見放されたアメリカのアルコール依存症の患者さんが自らはじめたのが A・A ( アルコホーリクス・アノニマス )でした。

アルコール依存症の集団療法は、 A・A を参考にまず精神病院内のグループ療法として手さぐりではじめられた歴史をもっているのです。もちろん、アルコール依存症の精神療法は、はじめ個別に行う必要があります。

しかし、断酒をつづけるための意志の強化、自己の性格傾向への内省、家族教育もふくめて、集団療法が個別療法よりもさらに効果的であることが経験的に明らかとなってきました。

アメリカの精神科医の77% がA・Aに治療を委託しており、わが国にあっても、断酒会は1979年から国の酒害相談事業にとりあげられるまでになりました。

入院によるアルコール依存症の治療

入院治療によるアルコール依存症の治療

入院した場合、どのような治療が行われるか

アルコール依存症の治療はかなり以前から入院中心で行われてきたにもかかわらず、禁断期後の人の精神面については、アルコール依存症=性格異常との考えから何のはたらきかけも行われず、それが医師・患者関係の相互不信の不幸な歴史をつくってきました。

アルコール依存症は精神療法が可能であり、治療できる精神科の病気であることが認識されたのは、1963年にわが国ではじめてのアルコール専門病棟として設立された国立療養所久里浜病院で、のちに久里浜方式とよばれて全国のアルコール病院のよきモデルとなり、斬新・画期的な入院方式が実施されてからです。

それまで鉄格子のついた精神病棟に分裂病の方々とごっちゃに押しこめられていたアルコール依存症の方をアルコール治療専門の開放病棟に収容し、かつ外来の問診で入院の動機づけがあるものだけを3ヶ月という期間限定で入院させたのです。

この新方針は、十分な病気の自覚も入院の動機づけもないまま無期限に抑圧的環境にとじこめられていたアルコール依存症の方の積年の情感を解消し、治療者との信頼関係がはじめて樹立されたのです。

この方式では、禁断期から刺激期をへて落ちつくまで約1ヶ月かかるので、その後、2ヶ月のリハビリ期間をとることができます。このリハビリ期間は、作業療法を中心とした生活訓練の期間です。そのスケジュールは患者さんの自治活動にまかされました。

アルコール病棟ではいったいどんな治療が行われているのでしょうか?患者さんは朝6時に起こされ、夜9時の消灯までびっしりつまったスケジュールに追いまわされ、おまけに月1回、まさに「行軍」とよぶにふさわしいハードな遠足に参加させられます。

酒を飲んで自堕落な生活を送っていたアルコール依存症の方に、早寝早起きの健全な生活リズムを思いおこさせるのになによりの方法だったのです。
とくに、そのころの入院患者さんの多くが旧軍隊体験者であったこともあって、「行軍」ということばはまさにぴったりでした。

彼らは幼年学校出身の若き日の師にひきいられて、軍歌を歌いながら鷹取山を往復し、軍隊時代を思いだして新生活への再起を誓ったのです。

この「行軍」はとくに人気のあった行事で、退院してからもこの日に特別参加する人が少なくありませんでした。

彼らの多くは、いま各地の断酒会のリーダーとなっています。その後、アルコール専門病院がふえましたが、おもしろいことに、それらの病院でみな、この「行軍」という行事がそのままの名でとりいれられています。

入院治療や断酒会体験と軍隊体験とのもうひとつの共通性は、両者とも個人のそれまでの社会的経歴がまったく否定される、はだかの人間のつきあいである点です。軍隊では、大会社の社長もいったん兵営の門をくぐれば新兵として扱われ、いままであごでつかってきたような階層の古兵のいわれなきビンタをうけねばなりません。

おなじ酒害者の自助団体でも、アメリカ国民のドライなA・Aと、わが国のウエットな断酒会では雰囲気がまったく異なるのは、こうした合成立のいきさつも影響しているのでしょう。
このように、わが国はじめてのアルコール依存症センターで断酒会とのタイアップがはじまってから、アルコール依存症の治癒率がかくだんによくなってきました。国立療養所の約3割が、7年後も断酒をまもっていますし、同様の治療を行う病院の予後調査もおなじような成績を示しています。

アルコール依存症の外来治療

生活習慣病、ガンなどは早期発見、早期治療が重要です

アルコール依存症をもっと早期に発見して外来で治すことは可能か

抗酒剤をだしてくれる医療機関が少なくて会員がこまっていると問題になりました。そこで、1972年からアルコール外来をはじめることになりました。

当時はアルコール依存症に対する医師一般の理解がおくれていて、アルコール依存症の方を敬遠する精神病院も多かったのです。このアルコール外来には重症のアルコール依存症の方もやってきました。しかし、すぐに入院させてくれる病院はなかなかみつかりません。そこで、やむなく禁断症状がでているケースでも外来でジアゼパムなどをだしつづけているうちに、その禁断症状がなくなり、無事に断酒会に入会させることができた症例も数多く経験できました。

以来、アルコール依存症の治療において、まず外来治療を原則としています。入院させるのは体力が消耗していて禁断症状により生命の危険が予想される人、断酒の動機づけが甘くて入院による教育が必要な人、および家族に看護する余力がない人などにしぼっています。

このような方針をとると、従来なら入院のようなケースでも、約半数以上を外来だけで治療できるのです。重症例をふくむアルコール依存症患者のグループを外来で治療した結果、4年後にはその約30% が断酒に成功していることがわかりました。

ここで、当時のアルコール外来のようすを説明しておきましょう。当時の川崎駅周辺は、泥酔して道路で寝こんでいるアルコール依存症の人も多く、「酔っぱらいの入店お断り」の看板が目立つ土地柄でした。精神衛生センターは、その駅から2~3分のところにあったので、開設早々から大繁盛でした。

このセンターには小部屋がたくさんあったので、まずそのひとつを断酒会の事務所兼酒害相談室に提供しました。アルコール外来日には、そこに1日中断酒会の会長がつめて、相互にケースを紹介しあう方式にしました。

アルコール外来から断酒会に紹介したケースの患者さんの定着率がよかったのは、このソーシャルクラブ的機能が、はじめはとっつきにくい断酒会例会への触媒としてはたらいたためと考えています。最近、私は三年ぶりにアルコール外来を再開することになりましたが、現在の患者さんのなかにも、例会にはでないが、この談話室にだけは寄って話しこんでいくといぅケースがふえています。

アルコール依存症の治療においてもっともたいせつなのは、そこでくすりをもらうとともに、仲間にも今えるというソーシャルクラブ的機能をとりこんだ街中のアルコール・センターの存在と思われます。こんにちでは、当時にくらべてアルコール依存症の治療システムはかくだんに整備され、また関係者の理解もすすんできました。

現在、全国各地の保健所は、その地域のアルコール専門病院や断酒会やA・A の本部やその集会の情報をもっており、会とタイアップして相談にのっています。

最近は酒害相談も普及してきました。そこで、早期に専門的な治療をうけるケースがふえて、思いあまった妻子が酔いつぶれた患者をしめ殺すような、かつての悲劇はみられなくなりました。

また、断酒会員のなかにも、精神病院の入院経験のある重症者は少なくなってきています。しかし、その反面、比較的らくに酒をやめた新入会員は、苦労が少ないぶんだけ、また気軽にお酒を飲みはじめる傾向もあるようです。ともかく、酒飲みが好きな酒を一生のあいだやめつづけていくのは、たいへんな事業です。軽症のうちに、気軽に酒害相談に行かれることをおすすめします。

断酒会の具体的活動

依存症の患者の治療成功のカギとなる断酒会

主な活動内容

断酒会は、酒害者とその家族の自助組織であり、ソーシャルクラブ的な組織です。そのおもな活動は、定期的に開かれる「例会活動」と新規入会者にたいする「酒害相談活動」とに要約することができます。

例会活動

精神科医がまず注目したのは、すでに触れたように酒害者同士が定期的に集合をもつ「治療型集団」としての役割でした。
「同病相憐れむ」ということばではありませんが、アルコール依存症の酒害者だけが集合をもつと、いままで孤独で病と偏見とに苦しんでいたアルコール依存症の方に、まず仲間にうけいれられたという共感と安心感とがえられ、いままで抑えつけられていた情緒が開放されて精神的に安定します。

精神的余裕ができると、新人の患者の言動にかつての自分の姿をみる「ミラー効果」や、飲まねば口にだせなかったうっぶんを集合で話すという「カタルシス効果」などによって、自分の問題点にたいする自己洞察が生まれて、人格的に向上していきます。

すなわち、集会が自発的な集団療法の場になるのです。専門の治療者をおかない酒害者だけの等質集団であるため、かえって腹をわって討論ができ、また治療者への依存性が生じない利点もあります。
ここで、まだ断酒会の集会を見学したことのない方のために、集合のようすをざっと説明しておきましょう。

断酒会は発足当時は合貝も少なかったので、会員の自宅で行われる家庭例会が多かったようです。会員数がふえて行政や医療関係者が援助するようになってからは、集合は保健所の講堂や公会堂などの公的機関を借りて行われるようになり、集まる人数も多いところでは50~60人に近くなっています。日本の断酒会の形式はA・A とよく似ています。

高知の断酒新生会では、連鎖握手の前に「断酒の歌」を斉唱するなど、各地によって多少のバリエーションはありますが、全国各地の断酒会の集会の進行は、ほとんどおなじです。「心の誓い」や「断酒の誓い」は、わが国向きにアレンジしたつぎのような文句です。

断酒の誓い
  1. 私共は酒の魔力に捉われ、自力ではどうにもならなかったことを認めます。
  2. 私共は過去の非を悔悟し、今までに損ったすべての人々に及ぶ限りの償いをしたく願います。
  3. 私共は同病相憐れみお互いに助け合って酒癖を克服しっつ雄々しく新しい人生を建設します。
  4. 私共は過去の朋輩やその他酒癖に悩む人々を救い出すために、できるだけの篤志奉仕につとめます。
  5. 私共は宗教政見の異同を問わない同志の、自主的な互助団体として断酒会を守りぬきます。
心の誓い
  1. 私は断酒会に入会して酒を止めました。
  2. れからどんなことがあっても酒でうさを晴らしたり、卑怯な真似はいたしません。
  3. 私は今後、午後酒を飲みません。
  4. 多くの同志が酒を止めているのに、私が止められないはずはありません。
  5. 私も完全に酒を止めることができます。
  6. 私は心の奥底から酒を断つことを誓います。

こうした一連のセレモニーのあとに、会員間の自由な話し合いが行われるのが、断酒会やA・Aの集会です。

連鎖握手とは、全員が最後にまるくなって手をつなぎあい、「もっと賢く」「もっと堅く」「もっと真剣に」「やろう」「やろう」と一旬ずつ斉唱しながら、つないだ両手をふりあげて万歳の型をとり、全員の連帯感を強調する儀式です。

はじめて出席した見学者が、まずとまどうもののひとつです。見学者は一様に、断酒会の一種独特の雰囲気を述べます。この集会の形式は、各地の事情に合わせて、最後の連鎖握手の代わりに「心の誓い」の斉唱をもってくるなど、時とともに簡略化している傾向があります。

酒害相談活動

断酒会のもうひとつの重要な活動は、酒害相談活動です。これは、集会に参加することで酒をやめられた幸福を、おなじ酒害で悩む新人の相談にのることで分かちあたえていこうというボランティア活動です。

断酒会の先輩格であるA・Aもおなじ活動をやっていますが、いずれも宗教の布教活動とよく似た動機をもっています。しかしキリスト教圏に生まれた A・A の集合に、さかんにゴッドやハイヤー・パワーなど濃い宗教色がでるのはあたりまえとしても、わが国の断酒会では宗教をもちこまないというとりきめがあります。

断酒会と A・A という2つのアルコール・グループの優秀な治療効果は、彼らの集合が集団療法的な場としての治療型集団であるのと同時に、その実践の場である酒害相談で「行動型集団」としての二重のはたらきをもつからです。
要は、ことばよりもまず「断酒道における実践」を重んじる集団です。

会に直確かあるいは保健所のケースワーカーを通しての新ケースの相談があれば、熱心な会員がたとえ夜間や休日でも患者さん宅を訪問して、緊急援助を行う場合があります。

アメリカのA・Aは、「命の電話」のように、パニックにおちいった患者さんがA ・A支部に電話をすると、ただちに会員がかけつける24時間制の緊急サービスをモットーにしています。

しかし、わが国の精神科の緊急医療システムはまだ未整備なので、アルコール依存症の患者さんにたいする緊急援助は断酒会も日本A・Aもまだ個人的段階で行われているにすぎません。

断酒会は、このほかにもいろいろな活動プログラムをもっています。ところで、断酒会のモットーである「実践」とは、断酒をまもるのはもちろんですが、会のさまざまな活動にきちんと参加することを意味しています。
所属する断酒会が開く集会には欠かさず出席し、酒害相談活動にも参加して新人への援助を行い、毎月のように企画される会の行事に積極的に参加することが強く求められます。

ときどき、新聞などで、断酒会が正月に1升ビンを割って断酒を誓う「酒なし新年会」の写真が報道されたりしますが、このほかにも、夏には家族連れの海水浴、秋には、はぶどう狩りのバス旅行、そしてクリスマスパーティーや除夜の鐘をきく合などと、毎月行事を切らさぬように企画係が知恵をしぼっている断酒会が多いのです。

そうした幹部のひとりは私に、「われわれはこうして終始なにかやっていることで、かろうじて酒をやめていることができるのです」言いました。彼の認めているとおり、活動型集団としての治療効果はきわめて大きいのでしょう。毎週のように開かれる集会が、治療型集団としてはたらいていることは、以上に述べたとおりです。

そして、その集合に出席することそのものが、断酒会でなによりも重んじられる実践行動なのです。

断酒会は活動型集団としての性格をもつので、集会や行事への参加がなかば強制されるなど、その集団の雰囲気は拘束的です。また命令的な会長や支部長が多く、参加者の地位関係は上下関係が強い軍隊的な一面をもっています。

しかし、なかば拘束的に出席させられた集会は、おたがいを認めあい、平等で自由に発言でき、会員の友好を強化する場なのです。
つまり、活動型集団の実践として集合への出席を強要すればするほど、集会において治療型集団としてのはたらきがよくなり、会員間の緊張や不満もなくなって集団の統一がすすむという、よいめぐりあわせが生まれるのです。

断酒会がこうした相補的な二重機能をもつ多機能集団であることが、その強力な治療効果の秘密ではないのでしょうか。

まとめ

アルコール依存症:回復への全プロセス

ディスクリプション:アルコール依存症はなぜ治療が難しいのか。その理由と、急性期治療から自助グループ参加、長期的な再発予防までの回復プロセスをわかりやすく解説します。

アルコール依存症は意志の弱さではなく、脳の変化を伴う病気です。回復には段階的な治療と、周囲の支えが欠かせません。本記事では、治療が難しいとされる背景と、回復までの具体的な流れを整理します。

なぜ治療は難しいのか

アルコール依存症が難治性といわれる大きな理由の一つは、「否認の病」と呼ばれる特性にあります。本人が問題を認めにくく、治療の必要性を自覚しづらい傾向があります。また、脳の報酬系が変化しているため、意志の力だけで飲酒をコントロールすることは極めて困難です。

さらに、離脱症状への恐怖や、飲酒を正当化・美化する思考パターンも回復の妨げになります。こうした複数の要因が重なることで、治療が長期化しやすくなります。

回復のステップ:急性期から自助グループまで

1. 急性期・解毒治療

治療は医療機関での安全な解毒から始まります。離脱けいれんや幻覚などの重い症状を防ぐため、抗不安薬などを用いて身体の安定を図ります。この段階では専門医による厳重な管理が不可欠です。

2. リハビリテーション期(教育・心理療法)

身体状態が安定した後は、自身の病気について理解を深める段階に入ります。認知行動療法などを通じて、飲酒の引き金となるストレスや環境要因を明確にし、それに対処する具体的な方法を学びます。

3. 維持期・自助グループへの参加

退院後の生活こそが本当のスタートです。断酒会やAA(アルコール・アノニマス)などの自助グループに参加することで、同じ経験を持つ仲間とつながり、孤立を防ぐことができます。体験の共有は断酒継続の大きな支えになります。

4. 長期的な再発予防

断酒は短期間で完了するものではなく、長期にわたる取り組みです。抗酒薬の活用、定期的な通院、自助グループへの継続参加などを組み合わせることで、再飲酒を防ぐための安全網を築いていきます。

●全日本断酒連盟
URL:https://www.dansyu-renmei.or.jp/

アルコール依存症 自己診断

アルコール依存症の自己診断表

自分がアルコール依存症になっているのに自覚がない人が多い

自分でアルコール依存症かどうかを客観的に判断できる診断表

ある推計の調査で、日本には1日に清酒換算で5合以上のアルコールを週4日以上飲んでいる大量飲酒者が200万人以上もおり、その大半がアルコール依存症やアルコール依存症と考えられています。

しかし、毎日5合以上の酒を飲みながら、からだになにも異常がなく、きちんと会社に勤め、家庭にも特に波風の立たない、たんなる「大酒飲み」にすぎぬ人もいます。

このいわゆる「大酒飲み」と「アルコール依存症」とは、どこがちがうのでしょうか。相違点のひとつは、「大酒飲み」はいつでも酒がやめられるのに、「アルコール依存症」は、からだに悪いとわかっていてもどうしても酒がやめられないという、「酒に飲まれている」状態にあることでしょう。

しかし、これとて十分な説明ではありません。なぜなら、ある期間は1滴も飲まないのに、いったん飲みはじめると1週間から10日以上も飲みつづけ、ついには倒れてしまうという型のアルコール依存症があるからです。この「連続飲酒発作」こそアルコール存症の本質であると考えられています。

精神科医がその人をアルコール依存症と診断する基準は、きわめて社会的なものです。つまり、「朝から仕事を休んで酒を飲む」という状態がつづくようになれば、まず依存症であると考えてきたのです。しかし国によって飲酒の習慣はちがうため、この日本の定義は、日中から食事どきにワインを飲むフランスにはあてはまりません。

反対に、わが国を訪れた西欧の精神科医たちは、クリスマスイブの街頭でくりひろげられる酔態をみると、日本はなんとアルコール依存症の多い国かと驚きます。

つまりは、公共酩酊罪まである西欧社会と、酔っぱらい天国のわが国との飲酒文化のちがいがあるのでしょう。

神経症タイプ向きの自己診断表

自分がアルコール依存症かどうか心配なとき、自己診断をする方法はいくつかあります。たとえば、「アルコール依存症になりやすい性格」にもありますが、「アル中自己診断表」は、精神的な不適応から酒に逃避するタイプのアルコール依存症によくあてはまるスクリーニングテストです。

アル中自己診断表

  • 酒を飲んで仕事をさぼることがある
  • 飲ん家庭に波風が立つことがある
  • 飲んで人から不評をかう
  • 飲んだ後で深く公開する
  • 毎日、同じ時間に飲みたくなる
  • 飲まないと眠れない
  • 翌朝にまた飲みたくなる
  • 外でひとりでも飲む
  • 飲むと家庭のことに無関心になる
  • 酒が原因で経済的危機に陥ったことがある
  • おじけを除くために飲む
  • 自信をつけるために飲む
  • 不安から逃れるために飲む
  • 飲むと友人を見下したくなる
  • 飲むと仕事の能率がかなり低下する
  • 飲むと向上心がなくなってしまう
  • 飲んで完全に記憶を失ったことがある
  • 飲んで仕事上のミスをしたことがある
  • 飲んで医者にかかったことがある
  • 酒のために入院したことがある

アルコール依存症の場合、飲みたい一心から、自分がもう酒が飲めないからだになっていることをがんとして認めません。まして、自分が精神病院に入院しなくてはならないアルコール依存症だなどとは、死んでも認めようとしません。

事実、ある病院(アルコール依存症専門病院)のアルコール外来を受診する方の6割までもが、自分が依存症にかかっていることを否定します。

このように、家族につれられてしぶしぶ精神科医の前にあらわれるアルコール依存症の人の大半は、自分がアルコール依存症だとは思っていません。はなはだしいケースでは、過去に酒を断つために精神病院に入院したことがあり、おまけに幻覚などの禁断症状を経験した人でさ、え、自分がアルコール依存症であることをだんこ否定する場合があるのです。

したがって、アルコール依存症治療の第一歩は、本人にアルコール依存症であることを認めさせる「病識」をもってもらう作業からはじまるといえます。この病識をもってもらうために、「アル中自己診断表」にマルをつけてもらうのは、同時にアルコール依存症の理解をも探めるよい方法です。

あなたはいくつマルがつくでしょうか。わが国にあてはめると、マルが4~6個つくと、アル中であるとされています。しかし、アルコール依存症の方は内輪に申告することが多く、本人は2つぐらいしかマルをつけません。この場合、つき添ってきた奥さんにつけてもらうと、10個以上もマルがつくという光景がよくみられます。
アルコール依存症の方んには謙虚な人が多いのです。

アルコール依存症スクリーニングテスト

以下の「アルコール依存症スクリーニングテスト」は、まずからだの症状から患者さんに接するようになっており、内科医側にもつかいやすいテストです。自己診断の評価などについては、以下を参考にしてください。

酒が原因で人間関係にヒビがはいった
  • はい(3.7)
  • いいえ(-1.1)
今日だけは飲むまいと思っても飲んでしまう
  • はい(3.2)
  • いいえ(-1.1)
周囲の人から大酒のみと避難された
  • はい(2.3)
  • いいえ(-0.8)
適量でやめようと思ってもつい酔いつぶれるまで飲んでしまう
  • はい(2.2)
  • いいえ(-0.7)
翌朝、前夜の記憶がところどころない
  • 時々ある(2.1)
  • いいえ(-0.7)
休日は朝から飲む
  • はい(1.7)
  • いいえ(-0.4)
二日酔いで欠勤したり、大事な約束を守らない
  • はい(1.5)
  • いいえ(-0.5)
糖尿病、肝臓病、心臓病と診断された
  • はい(1.2)
  • いいえ(-0.2)
酒がきれると、発汗、手の震え、イライラや不眠で苦しむ
  • はい(0.8)
  • いいえ(-0.2)
仕事上の必要で飲む
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.2)
酒を飲まないと傷つけないことが多い
  • はい(0.7)
  • いいえ(-0.1)
ほとんどの毎日清酒3合(ビールは大瓶3本)以上の晩酌をする
  • はい(0.5)
  • いいえ(0)
酒の失敗で警察沙汰になったことがある
  • はい(0.5)
  • いいえ(0)
酔うと怒りっぽくなる
  • はい(0.1)
  • いいえ(0)

点数診断

  • 2点以上(重篤問題飲酒群)
  • 2~0点(問題飲酒群)
  • 0~-5点(問題飲酒予備群)
  • ~-5点(正常飲酒群)

アルコール依存症のときの受診先

アル中自己診断表やアルコール依存症スクリーニングテストで自分がアルコール依存症だったときは

まずは内科医の受診でいいのか?

アルコール依存症の方は、ほとんどの場合、精神科医の外来にあらわれる前に、内科や外科の医師にかかっています。たしかに、アルコール性肝炎などの「からだのアル中」程度の人は、まず内科医や外科医によって「アルコール依存症」の断酒指導がうけられれば最適です。

しかし、酒飲みは自分の酒量を減らすことに強い抵抗があるので、「すこしならいいでしょう」といってくれる医師に会うまで、病院めぐりをする傾向があります。これではなんにもなりません。信頼できる医師をみつけたら、受診しつづけることを第一にしてください。

アルコール性肝硬変への第1段階は、肝細胞のなかにべったりと脂肪滴がつく「脂肪肝しですが、血清酵素検査のなかで慢性期に増量するγ・GTP活性の上昇がこの脂肪肝発生のよいめやすになります。

GOT、GPTが高い、さらに値が不安定ならシジミ(使用感、効果)
https://record-p.com/gotgpt/

健康な成人に実験的に、1日1.2升の大量の清酒を2日間、その半量の毎旦6合なら8日間つづけて飲ませると、脂肪肝が確実に生じます。
このとき、急性期に血中に増量するGOTは軽度に上昇しますが、もう1つのGPTは正常範囲のことが多いのです。しかし、2週間禁酒するとγ-G TP はほとんど正常値までもどります。

2週間の禁酒が脂肪値を半分に
https://bloodvessel.biz/archives/113

もっとも、まだこの段階では肝細胞に脂肪滴が残っており、脂肪滴が完全に消えるにはなお数週を要するとされています。

酒飲みは、内心では肝機能の数値をいつも気にしています。そんな人にとって、このγ-GTP値の低下は断酒をつづけるうえでなによりのはげみになるようです。

この2週間の禁酒すらまもれないグループには、断酒会への参加や精神科医への受診をすすめているそうです。アルコール依存症がすすんで、しばしば問題行動をおこすようになったら、やはり手なれた精神科医を受診したほうがよいでしょう。

大量飲酒と問題行動の関係

お酒を毎日飲んでも問題行動がない人もいる

問題行動を起こさなくてもアルコール依存症に該当するのか

毎日5合以上の酒を飲んでいる人を「大量飲酒者」とよびますが、厚生労働省はこの大量飲酒者をアルコール依存症に近い存在とみなしています。

これにはちゃんとした根拠があるのです。禁断症状までおこして精神科医から「アルコール依存症」とのお墓付きをいただくには、さまざまな段階を通らなくてはなりません。

まず新入生コンパなどで生まれてはじめて酒を口にする「初飲期」から、毎週1回以上定期的にお酒を飲むようになる「習慣性飲酒期」を通り、さらに清酒換算で1日5合以上のお酒を週4日以上飲むようになる「大量飲酒期」をへて、アルコール依存症と診断されると「アル中双六」は上がりとなります。

厚生労働省が重視している「大量飲酒者」は、すでにアルコール依存症の方とかわらない問題行動の発生率を示していることがよくわかると思います。保健所に酒害相談にくるケースは、とうぜん、一般内科外来を受診するケースよりもこじれて手のかかる事例が多いわけです。これらのケースでは、警察に保護されるなどの社会的問題行動、無断欠勤などの職場的問題行動、家族解体につながる家庭的問題行動などのどれひとつをとっても、大量飲酒段階ですでにはっきりと表にあらわれています。

依存症であると診断された時期の問題行動とくらべて、その質も頻度もまったくかわらないことがおわかりいただけるでしょう。しかも、この大量飲酒段階からわずか4年以内に依存症に移行している事例が、4割弱もあるのです。大量飲酒の段階からほんものの依存症になるまでの期間は、思ったよりも早く、それをストップするのは専門の精神科医でもなかなかむずかしいのです。

これがまた、アルコール依存症の恐ろしいところです。ご質問の静かな大量飲酒者の場合でも、いつかは飲酒による欠勤などの職業的不適応をおこし、やがて家族への暴力などの家庭的問題行動や警察保護という社会的問題行動をしばしばくり返す依存症の患者さんへと変身していきます。
ついには家庭崩壊や失職にまでいたるのが、アルコール依存症の本質なのです。したがって、大量飲酒者で、問題行動が最近ふえてきた場合には、早めに専門の精神科医を受診してアルコール依存症の治療をはじめる必要がありますし、まだなにも問題行動がないとしても、将来を考えれば、お酒をひかえてもらうべきです。

お酒を飲んだときの脳はどんな状態になっているか

アルコール依存症のときの脳のはたらき

さまざまな都市伝説のようなものから正しい情報まで

アルコール依存症になると、脳がアルコールなしでは機能しなくなる?

「酒は百薬の長」というのは、あくまでも清酒1合程度の少量のお酒のときです。5合以上の大量飲酒になると、まさに「酒は万病のもと」になり、あらゆる成人病にかかって若死にすることになります。

「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」などと、数々の酒の名歌を残した若山牧水は、飲んで輿いたれば静かに和歌を吟ずる、まことによい酒飲みでした。

しかし、彼の酒量はかなりなもので、友人によると1日1升2合は常飲しており、胃潰瘍や肝硬変など多くの病気を併発して42歳で天折しました。

牧水のようにアルコール関連性成人病だけのものを、以前はアルコール依存症の予備軍と考えていました。しかし、これは決して予備軍ではなく、現役の「からだのアル中」だと考えるのが、新しいアルコール依存症の概念です。こうした静かな「からだのアル中」にたいして、はでな禁断症状をおこしたり、心理的・社会問題行動をおこして荒れる「脳のアル中」があります。

これは永年の飲酒によって大脳が障害されて、一時的なリバウンドである禁断症状から、やや長期の幻覚症へといたり、ついには、もとにもどらないアルコール痴呆までをおこします。

また、そのあいだには、人格低下状態によって、家族や職場などをトラブルにまきこみます。これが、アルコール依存症の最大の問題点なのです。

酒量がふえる「耐性獲得」から「心理的依存」の段階をへて、ついにはポケットウィスキーのかくし飲みをする、からだが酒をよぶ「身体的依存」の段階にいたると、中枢神経はアルコールなしにははたらけない状態になってしまいます。

このとき、アルコールを中断すると、とうぜん神経系がリバウンドをおこして一過性に過剰な興奮状態になります。これが俗にいう禁断症状で、学名を離脱症候群もしくは退薬症候群といいます。

アルコール依存症ができあがるまでの期間

恐ろしいアルコール依存症になるまではどのくらいの期間がかかるのでしょうか

身体的なアルコール依存症をおこすようになるまでの年月

アルコールを飲みはじめてから身体的依存をおこすまでの期間は、その飲みっぶや個人差があってさまざまです。また、時代的な背景も考えなくてはなりません。

たとえば、所得にくらべてお酒が高価であった3~40年前には、お酒を飲みほじめてから禁断症状をおこすまでに、少なくとも20年はかかると考えられていました。

それが、高度成長によってだれでもが酒をたっぶり飲める時代になって、たちまち40歳代で肝硬変で死亡する事例もでるようになりました。

そのころから、半分の10年で身体的依存になる人もあらわれるようになりました。その後、成人男性よりも酒に抵抗性の弱い未成年者や女性のアルコール依存症がふえてくるにしたがって、さらに、その半分の5年間で禁断症状をおこすことがわかってききした。

現在では、清酒換算で5合以上の大量のお酒を週5日以上のペースで5年間飲むと、りっばな禁断症状がおこるとされています。

男性のアルコール依存症の方は飲みはじめから入院まで平均20年かかっていたのに対し、女性の方は平均8年と、半分以下で「アル中双六」の上がりとなっていました。

最近は崩壊家庭などの女子中学生で典型的な禁断症状をおこす例がみられるといいますから、抵抗力の弱い未成年の女子では4年以下の短い期間で最終段階まですすむと考えられます。

この点で、未成年の飲酒を助長するCMや酒類自販機の設置は、日本の将来をあやうくする社会問題であるといわざるをえません。
毎晩のようにボトルをかかえ、飲まないと眠れなくなっているあなた。もし、急病で入院するようになったら、恐怖の幻覚が今夜にもあらわれるかもしれません。

禁断症状=振戦せんもう

典型的な禁断症である振戦せんもうについて

典型的な禁断症状

アメリカのビクターは多年にわたる観察から、禁断症状が4段階にしたがってあらわれることを明らかにしています。まず、断酒後7~8時間すると手のふるえ(振戦)と一過性の幻視があらわれ、つぎにてんかんとおなじ全身けいれん発作、ついで12時間後には幻聴があらわれます。
以上の3つを「小離脱症候群」といいますが、かならずしも3つそろってあらわれるとはかぎりません。小離脱期にけいれん発作をおこす人は4分の1にすぎないのです。禁断症状の中心は、断酒後3日めにあらわれて2~3日間つづく「振戦せんもう」とよばれる幻覚妄想状態です。この期の興奮はきわめて強いため、かつては精神病院の保護室に収容されて、禁断症状なのにアルコール精神病として分類されていました。

しかし、この2~3日間がすぎると、長時間死んだように熟睡し、目覚めるとおこりが落ちたようにまったくの正気にかえります。つまり、振戦せんもうは一過性の禁断症状にすぎないのです。次のような実例もあります。

振戦せんもう

53歳の工員です。30歳のときから毎晩3合以上の焼酎を飲んでいました。50歳のとき、肝障害をおこして入院しましたが、酒をやめませんでした。

ある日、来客があって大量の酒を飲み、その翌朝、めまいや嘔吐が強いので緊急入院しました。外来で診察中にとつぜんけいれん発作をおこし、すぐにCTスキャンをとりましたが、異常は認められませんでした。内科病棟に入院しましたが、その晩から一睡もできず、手指のふるえや発汗がひどい状態でした。

つぎの晩は看護室に釆て、「隣の部屋のベッドに青いドレスの女が寝ている」「こんなお化けのでる病室はかえてくれ」と要求しました。

翌日、医師が診察すると、「天井にアリがいっぱいむらがっている」と典型的な小動物幻視を訴えました。このように、虫や蛇、小人などの小動物幻視の多いのがこの時期の特徴なのです。

あらかじめジアゼパム(ホリゾン、セルシン) を30mg程度あたえておくと、こうした禁断症状を防止できることが多いようです。

しかし、このケースのようにいったん禁断症状をおこしてしまうと、くすりをもちいてもあまり効きめはありません。この方は、つぎの晩もおちつきがなく、「表に迎えの車がきているから」と病棟からでようとしたため、当直医がかけつけてイソミタールの静脈注射で眠ってもらいました。注射後15時間熟睡し、目覚めたあとはまったくの正気にかえりました。

あとで聞いてみると、その晩は病室全体が大きな窓にみえて、表で機動隊の車が待っている、なにも悪いことをしていないのに、どうしてつれにきたのか不安で、それになんども注射をされるので殺されると思い、必死で抵抗したのだという話しでした。

禁断症状=アルコール幻覚症

幻覚症という禁断症状

幻覚症という症状について

振戦せんもうは、活発な幻視が主体です。これにたいして、幻視はおこらずに、自分を脅かす声やドラムの音などの幻聴がおもな症状で、しかも経過のやや長い「アルコール幻覚症」が、まれにおこります。

幻覚の事例

52歳の調理師です。従軍して中国酒を覚え、終戦後は焼酎、ウィスキーなど約4合分を約20年間飲みつづけていました。

8年前から糖尿病や肝臓の障害で入退院をくり返していますが、最近はやけ気味でウィスキーのボトル1本を毎日飲んでいました。

ある日の帰宅後、いつものように飲んでしばらく眠りましたが、とつぜん愛国行進曲が耳もとで聞こえ、軍靴を踏みならすザクザクという音が遠くなったり近くなったりするので目が覚めました。

耳がガンガン鳴るのをがまんして眠ろうとすると、また行進曲と軍靴の音が聞こえます。そのうちに「オーイ」と戦友のよぶ声がし、「どうした!」と彼によびかけてきました。あまりはっきり聞こえるので、だれかが家の外で自分をねらっていると思い、竹刀をもってドアを開けましたが、だれもいませんでした。そこに妻が帰ってきて大のようすにおどろき、精神病院に入院となりました。

アルコール・パラノイアとアルコール性痴呆

脳が慢性的に障害されると

具体的に起きる症状

脳がアルコールによって慢性的に障害されると、さまざまなこころの症状があらわれてきます。その代表はアルコール・パラノイアとアルコール性痴呆の一種であるコルサコフ精神病です。

アルコール・パラノイア
いままでの事例はいずれも急性期に出現するものでした。これにたいして、慢性化して妄想状態を示すようになったものをアルコール・パラノイアといいます。しかし、アルコールによる妄想の内容ではなぜか嫉妬妄想が圧倒的に多いので、むかしから「酒客嫉妬妄想」とよばれてきました。
アルコール依存症になぜ嫉妬妄想が多いのかについては、いろいろな学説があって議論が定まっていません。単純に考えると、アルコール依存症にはインポテンツが多いので、妻が浮気をしているという疑いをもちやすくなるからではないかと説明されてきましたが、最近の学説を読んでみると、もっと深遠な論理によって理解されるべきもののようです。
アルコール・パラノイアの事例
58歳の工員の方です。20年来の飲酒歴があります。1年前から妻が浮気をしているといいだし、ついに包丁をもって妻を追いかけるようになり、警察に保護されて受診しました。「いい年をして恥ずかしい話です」とはいいますが、問診してみると、「火のないところには煙はたたぬ。妻は10人も二〇人もの男の相手をしている。会社の同僚とも通じていて、連絡をとりあっているから」といって、出社もしないで電話番をしているとのこと。「近所の人も妻の浮気を知っていて、うわさになっています」と、嫉妬妄想のことになると、まったく自分が病気であるという意識がありませんでした。
アルコール性痴呆
アルコールによって脳細胞の脱水や脂肪分の溶解がおこるため、お酒を長く飲みつづけると脳細胞がこわれて脳萎縮がみられます。
そのため、いろいろな程度の痴呆がおこってきますが、コルサコフ精神病とよばれる特殊な型をとることが多いとされています。
コルサコフ状態とは、記憶力が極端に悪くなり、時間や空間への認識(見当識)がなくなり、これに作話症がくわわった痴呆状態のことです。狂犬病ワクチンの副作用によってコルサコフ状態になったものと鑑定されています。
コルサコフ精神病の事例
53歳の職人の方です。20年以上、毎日ウィスキーを半本飲んでいました。45歳ですい炎、49歳で胃潰瘍の手術をうけています。
手術後動けなくなり、妻が勤めにでると、それをいいことに食事もろくにとらず、酒びたりの生活になりました。家で数回倒れたこともありますが、放置されていたようです。ある日、妻の旅行中に大量のお酒を飲みました。妻が帰宅した翌朝に、床の上に座ってなにか虚空にあるものをつかむようなそぶりをし、よびかけても返事をしないので緊急入院となりました。すぐに点滴などの治療をうけ、あらかじめジアゼパムの投与を行ったので離脱症候群はおこりませんでした。入院後1ヶ月たち、歩けるようになりましたが、トイレに行くと方向がわからなくなり、自分の部屋へ帰れず、すましたばかりの食事をまた催促するなど異常行動が目立つようになりました。
診察してみると、日時や場所についての見当識がまったくありません。忘れないよぅにと、自分の病室の番号をマジック・インクで手のひらに書いていました。付き添っている娘の名前をたずねると、妻の名前を答えます。CTスキャンでは脳萎縮が明らかでした。検査室から自分の病室へ帰り、ベッドの自分の名札をみると「同姓同名の人がいるんですね」などといいます。この痴呆状態は3ヶ月以上たってもまったくよくなりませんでした。

アルコール性痴呆と健忘症のなりたち

お酒の飲み過ぎで家族に迷惑をかける健忘症や痴呆

健忘症や痴呆的な症状の原因

ヒトの記憶には、側頭葉の海馬や視床、脳幹の乳頭体をむすぶ「記憶のサーキット」が深くかかわっています。ろくに食事もとらずに飲みつづけていると、神経の栄養剤であるビタミンB1類が大量に消費されて、脳幹の乳頭体が障害をうけ、健忘症候群をおこすのです。大量のビタミンB1をふくむ点滴などの手当てを行いますが、意識までがおかしくなるウェルニッケ型脳炎をおこすと、命は助かっても記憶障害はもとにもどらず、廃人になることが多いのです。

大量飲酒と脳の萎縮

重症な脳の異常

重症の痴呆は例外的に自分には関係ないと思っていると…

「そんな重症の痴呆など、ふつうの酒飲みの自分には関係ない」と思っているあなた。アルコール痴呆はいつの間にかあなたにもしのびよっています。

コルサコフ型痴呆は、むちゃ飲みで脳が栄養障害をおこしたものです。アルコールはもともと脂肪となじみやすい麻酔剤で、それに脳細胞はほとんどが脂肪でできている臓器です。

ですから、毎日の飲酒でアルコールは直接あなたの大脳に浸みこんでいるのです。それに、二日酔いのときの割れるよ、つな頭痛は、アルコールの浸透圧によって脳細胞内の結合水が60%も失われて、脳がちょうど梅酒のなかの梅の実のようにしわしわに縮んだ状態からおこるものなのです。

もちろん、翌朝の水分の補給で脳の脱水は回復しますが、こうした大酒をくり返しているアルコール依存症の方のCTをとってみると、非飲酒群よりも年齢にくらべて脳萎縮をおこす率が明らかに高いことがわかっています。しかもその萎縮は、意志や判断の座とされる前頭葉においてはなはだしいのです。

アルコール依存症の方のなかには、意志が弱くて根気がなく、その場まかせで、モラルにとぼしく、判断力にかける浅薄な人格に低下している人がいます。しかし、彼らはへんなところにがんこで、自分の病気や欠点をガンとして認めないことが多いのです。この前頭葉症候群がまた、お酒を断つのをむずかしくしているといえるでしょう。

アルコール依存症と病気の意識

アルコール依存症の方は多くが病気という自覚がない

病気だという意識がかなり低い理由

ある工事会社の例です。この会社の社員は仕事柄どうしてもつき合い酒が多く、毎年の定期検診で飲酒関連成人病の指摘をうけながら、いっこうに酒をひかえない職員がたくさんいました。

そこで、そのうちのとくにひどい32名について飲酒態度調査を行いました。この会社は、従業員数1162人で、毎年1割以上が肝障害などの飲酒関連成人病にかかっているとの数値がでています。
彼ら32名はそのなかでもお酒の猛者でした。

細かい点は抜きにしても毎年、健診データをもとに産業医から成人病の指導をうけていながら、自分がアルコール関連の成人病にかかっているという意識がない人が多い点におどろかされます。
とくに尿糖や血糖値などの成績から糖尿病になっていることが明らかな2名は、そろって自分を糖尿病患者だと認識していないほどでした。しかし、それらの人たちも、自分以外の一般知識として飲酒と糖尿病とのかかわりを問ぅアンケートにたいして、そのかかわりを認める人は16.9% いました。

つまり、一般的常識として飲酒と成人病のかかわりをすこしは認識していますが、自分のかかっている成人病がじつは酒のせいだとわかっている人は意外に少ないのです。
これでは知人の産業医の指導がさっぱり効果を上げないはずです。

その理由は、この人たちが「酒がからだに悪いことは知っている。しかしおれはまだそこまではいっていない」と飲酒関連の成人病を自分自身の問題として認めていないこと、つまり精神分析理論をかりれば、「認識したくない」という幼児的な「否認」の心的防衛機制がはたらいているからでしょう。

このように、アルコール依存症の方が自分の病気をがんこに否定するのは、判断の座である前頭葉のはたらきがアルコールによって長いあいだ麻酔されつづけたあげく、すっかり弱くなってしまったからでしょう。

実際、体力がおとろえてくる45歳をすぎると、5歳きざみで成人病罹患率が急上昇してきます。とくに、定年前の55歳以上のグループでは、成人病をもつグループがじつに4割以上を占めています。

つまり、体力がおちても酒をひかえないでいると、これらのグループのように成人病をいくつもかかえて、週のなかばに休みをとりながら、やっとのことで勤務する状態になるのです。

定年前に死亡した事例も少なくありません。おたがいに寝たきりと恍惚の人にはなりたくないものです。むちゃ飲みをしていると、いちばんだいじな脳が萎縮して、ついには廃人になるという恐ろしいことになります。

飲みだすと食事もとらずにひたすら飲みつづけ、「酒飲みの美学」に殉じようとするあなた。その「美学」こそ、コルサコフ型痴呆へのなによりの近道となるのです。